説教の聴き方: 語られ、聴かれ、生きられるみことば

説教の聴き方: 語られ、聴かれ、生きられるみことば
説教の聴き方: 語られ、聴かれ、生きられるみことば
朝岡勝
教文館
2025年1月28日
32件の記録
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月20日
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月19日
    第十一章 聴くこと、生きること 1 「生きられる説教」、「生きられてこその説教」
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月18日
    第十章 対話が生まれる説教 3 読む者が読まれる
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月17日
    第十章 対話が生まれる説教 2 他者と対話し、自己と対話する
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月16日
    第十章 対話が生まれる説教 1 説教における二つの次元
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月15日
    第九章 説教者に寄り添う 5 信徒として「語り手」となり、牧師として「聴き手」になる
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月14日
    第九章 説教者に寄り添う 4 開かれた交わりの中で
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月13日
    第九章 説教者に寄り添う 3 説教者の孤立
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月12日
    第九章 説教者に寄り添う 2 説教の権威、説教者の権威
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月11日
    第九章 説教者に寄り添う 1 「共同のわざ」としての説教
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年2月10日
    第8章 説教を聴き終えて 5 分かち合う、聴き直す、語り直す
  • 第8章 説教を聴き終えて 4 問う、調べる、深める
  • 第8章 説教を聴き終えて 3 受け取る、振り返る、思い巡らす
  • 第七章 説教を聴く実際 2 「ウェストミンスター大教理問答」に学ぶ
  • 第六章 説教を聴く備え 3 聖霊の照明を求めて
  • 第六章 説教を聴く備え 1 聖書を読み、聖書に親しむ
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月31日
    第五章 私は何を聴きたいのか、何を聴くべきなのか 3 私は何を聴くべきなのか
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月30日
    第五章 私は何を聴きたいのか、何を聴くべきなのか 2 私は「本当のところ」、何を聴きたいのか
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月29日
    第五章 私は何を聴きたいのか、何を聴くべきなのか 1 私は何を聴きたいのか
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月28日
    第四章 どうして聴けなくなったのか 4 「語り手」である説教者の課題
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月27日
    第四章 どうして聴けなくなったのか 3 「聴き手の共同体」である教会の課題
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月26日
    第四章 どうして聴けなくなったのか 2 「聴き手」である自分自身の課題
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月25日
    第四章 どうして聴けなくなったのか 1 どうして聴けなくなったのか、どうしたら聴けるようになっていけるのか
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月24日
    第三章 神の語り手と聴き手の応答 6 神の語りへの応答の多様さ 『主なる神が、ご自身の召された「語り手」を通して、ご自身の救いのみこころをはっきりとしたかたちで語らせ、人々がその語りかけをともに聴きながら、それにもかかわらず、「聴き手」の側の応答は必ずしも同一ではなく、多様である』
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月23日
    第三章 神の語り手と聴き手の応答 5 聴き手の応答としての受容、拒絶、そして優柔不断さ
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月22日
    第三章 神の語り手と聴き手の応答 4 パウロの福音宣教と聴き手の応答
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月21日
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月20日
    第三章 神の語り手と聴き手の応答 2 旧約聖書の語り手と聴き手の応答
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月19日
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月17日
    第1部 説教の課題 第1章 みことばの「語り手」と「聴き手」 2 みことばの「聴き手」 を読む。
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月15日
    『はじめに』を読む。 レベッカ・ソルニット『説教したがる男たち』への言及から始まり、この本の主題が、教会における「説教者」と「聴き手」との関係性についてであることが示される。
  • 拓洋舎
    拓洋舎
    @hallelujah1025
    2026年1月15日
    毎週日曜日に礼拝で説教を聴くようになって17年余りになるけれど、きちんと学んだことなかった『説教の聴き方』 『「説教で満たされない……」と悩む信徒たちへ 「説教が伝わらない……」と悩む牧師たちへ 説教の語り手と聴き手のあいだに、なぜ「ズレ」や「すれ違い」が生まれるのでしょうか? どうすれば、お互いの信頼関係を取り戻すことができるのでしょうか? 牧師と信徒が「説教」をめぐって語り合う、対話の心得を学ぶための11章。 「私の願いは、このような幸いな説教聴聞の経験を一人でも多くの方々が経験してくださることです。そのために、この拙い本が何かのきっかけとなって、教会でみことばの語り手と聴き手がともに学び合うような機会が増えること、そしてみことばの語り手である説教者がますます確信をもって神のみことばを生き生きと語るようになり、みことばの聴き手たちがますますみことばのいのちに養われ、力を得て新しい日々に遣わされていき、そのようにして語られたみことばが、聴かれ、生きられるみことばとして力を発揮することが起これば幸いです。」(「あとがき」より) 【目次】 はじめに―─説教したがる説教者? 第Ⅰ部 説教の課題 第1章 みことばの「語り手」と「聴き手」 第2章 みことばを聴く困難 第3章 神の語りと聴き手の応答 第4章 どうして聴けなくなったのか 第5章 私は何を聴きたいのか、何を聴くべきなのか 第Ⅱ部 説教の可能性 第6章 説教を聴く備え 第7章 説教を聴く実際 第8章 説教を聴き終えて 第9章 説教者に寄り添う 第10章 対話が生まれる説教 第11章 聴くこと、生きること おわりに―─語られ、聴かれ、生きられる神のことば』 あとがき
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved