ジュリアン・バトラーの真実の生涯

ジュリアン・バトラーの真実の生涯
ジュリアン・バトラーの真実の生涯
川本直
河出書房新社
2021年9月28日
5件の記録
  • ⭐️⭐️⭐️⭐️ 【「存在しない天才」が突きつける「書くこと」の狂気と愛――川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』】 「実在しない作家の伝記」を読むという体験が、これほどまでにスリリングで、かつ私たちの「文学」に対する信仰を根底から揺さぶるものになるとは誰が想像できただろうか。本作は、ただの精巧なメタフィクションではない。「作者とは誰か」「独創性(オリジナリティ)とはいかにして捏造されるのか」という根源的な問いを、あまりにも美しく、そして残酷な愛の物語を通して描き出した傑作である。 舞台は20世紀半ばのアメリカ。トルーマン・カポーティやゴア・ヴィダルといった実在のアイコンたちが闊歩する文学界に、突如として舞い降りた美貌の異端児、ジュリアン・バトラー。彼は同性愛者であることを隠さず、華やかな狂乱の中心にいた。しかし、彼には決定的な欠落があった。「一行たりとも文章が書けない」のである。 物語は、彼の伴侶であり日陰の存在であったジョージ・ジョンによる晩年の「回想録」という形をとる。魅力的なアイデアと天性の対話センスを持つジュリアンと、孤独な書斎でそれを完璧な文章へと錬成していくジョージ。二人は秘密の共犯関係によって「ジュリアン・バトラー」という一人の天才作家を創り上げた。この設定は、近代以降の文学が信奉してきた「孤高の天才による単独の創造」という神話を鮮やかに解体してみせる。この「作者の死と共作」のドラマは、深い知的な興奮を呼び起こさずにはいられない。 しかし、本作の真の引力は、精緻な文学的仕掛けの奥底で脈打つ、二人の切実な関係性にある。光と影、着想と執筆。絶対的な非対称性のなかで、彼らは激しい嫉妬や裏切りに引き裂かれながらも、「小説を書く」というただ一つの行為を通してのみ、互いの魂を深く理解し、結びつくことができた。それは、奔放で自由な関係性から出発しながらも、最終的には自己犠牲を伴う逃れようのない宿命的な愛へと収束していく過程でもある。 巻末の長大な「訳者あとがき」に至るまで完璧に構築されたこの「偽史」を読み終えたとき、読者は必ず、存在しないはずのジュリアンの著作を検索してしまうだろう。虚構が現実の境界を侵食し、圧倒的な「真実」として胸に迫ってくる。小説という表現形式が持つ「嘘をつく魔法」の最高到達点がここにある。文学を愛するすべての読者に、この壮大な企みと痛切なロマンスの目撃者となることを強くお薦めしたい。
  • kayano
    kayano
    @pandapan0617
    2025年11月12日
  • まの字
    まの字
    @manoji_masch
    2022年4月9日
  • hekirekika
    @hekirekika
    1900年1月1日
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved