フルーツバスケット 23

フルーツバスケット 23
フルーツバスケット 23
高屋奈月
白泉社
2007年3月25日
2件の記録
  • さち
    さち
    @sachiyo
    2026年9月15日
  • 🐈‍⬛
    @22_nknk
    2026年9月13日
    無料公開中だったため一気読み!とても良い作品だった 人はいつだって、愛に喜び、愛に苦しめられてる 愛があるからこそ、人は余計な欲を持つし、相手の一言で地獄に落ちるし、執着で自分を醜く変えてしまう でも、絆の呪いを持つ彼らがここまで苦しんだのは、それだけ誰かを、そして自分を「愛したかった」からだと思う 苦しみの深さは、そのままその人が持っている愛の深さであり、求める切実さの裏返しでもある 愛なんてなければこんなに苦しまずに済んだのにって、そう思ってしまうほどの重圧を抱えながら、それでも最後には苦しみの源であったはずの「愛」に心を開いて、持っている全てでその存在を抱きしめずにはいられない みんな、心にはずっとありのままを持っていて 全身で、大好きな存在に、思うがままに愛を叫べる日を、今か今かと待っていたんだよな 誰だって、どんなに傷つけられても、愛していいよ、愛されていいよと許してもらえることを、諦めたくなんかないよなあ 残酷なまでに人間の物語だった 人間てね、こうなんだよね 結局ここに帰着するんだよね、と思わされた作品だったな 喜びだけを享受し、苦しみだけを排除することができたらどんなによかっただろう そんなことできやしないのに だけど、あなたに幸せになってほしい、笑顔でいてほしい、苦しんでほしくないよってあんなにまっすぐに伝えてくれて祈ってくれる存在がいたら、もうそれだけで自分の世界に初めて光が差すような気持ちだっただろうな 苦しみを完全に消し去ることはできなくても、誰かのまっすぐな祈りが誰かの世界を光で満たして、止まりかけていた世界を動かし変えてしまうことってすごいよ 愛がもたらす極限の苦しみを知っているからこそ、そのたった一筋の光が、どれほど途方もない奇跡なのかということを、通るに救われた全員がきっと分かっていただろうから 泣きたくなるほど温かかっただろうな 縋りたくてたまらなかっただろうな 愛してほしかっただけなんだよな、そして愛したかっただけなんだよな やはりこの頃の、2000年代前後の漫画って本当に良くて……自分が産まれる前の漫画がこうして残っていて今も読めるの嬉しすぎるし残るほど愛されているのも幸せすぎるなあと思う 令和における心理描写もいいんだけど、昔の漫画は世界観もアナログで、今のような便利な描写が全く効かないからこその良さがあるって言うか 言葉で真っ向勝負!みたいな感じがして、本当に良い  難しい言葉でも、言わなくても伝わるような仕草でもなくて、まっすぐな心と心で、そしてできるだけ優しい言葉で人と繋がっていたいよね、と思えるような作品が本当に好きだ わたしは言葉が大好きだから、言葉を大切に扱ってくれる作品はもっと好きだ 人生の指針にしたっていい あと難しいことをあまり考えないとしたら、今どきあまり見ないタイプのカップル成立祭りですごい気分が良かった笑 気が付けばあっちでもこっちでも、かと思えばそっちでも恋愛フラグが立ち、次々と回収されていく この潔さよ
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