
うーえの🐧
@tosarino
2026年4月28日
読み終わった
⭐️⭐️⭐️
【「自己責任」の時代に息苦しさを感じるすべての人へ――『「社会」の底には何があるか』】
■足元の「底が抜けた」現代日本
「自己責任」という言葉が蔓延し、他者への無関心が「多様性の尊重」という美辞麗句で覆い隠される現代日本。私たちは今、言いようのない息苦しさを抱えながら、足元の「底が抜けた国」を生きているのではないでしょうか。
社会学者・菊谷和宏氏の『「社会」の底には何があるか 底の抜けた国で〈私〉を生きるために』は、そんな私たちの認識を静かに、しかし強烈に根底から覆す一冊です。
■「社会」は自明なものではなく、創り出すもの
著者は、私たち日本人が「社会は最初からそこにある自明なもの」と思い込んでいることを鋭く指摘します。しかし本来、社会とは自然発生するものではなく、人々が意志を持って「創り、維持するもの」です。
その意志を手放し、生活環境の違いから互いの痛みに想像力が及ばなくなった今、日本の社会はすでに「底が抜け落ちて」おり、私たちはバラバラに漂流しています。コロナ禍での「ソーシャル・ディスタンス」への不気味なほどの適応も、私たちがすでに他者を遠ざけていたことの証左として描かれます。
■自由から愛へ――死の淵で見出した「生かし合い」の網の目
「社会三部作」の完結編となる本書には、著者の過酷ながん闘病という「死」と隣り合わせの壮絶な体験が深く織り込まれています。この崩壊しつつある世界で、私たちを繋ぎ止めるものは何なのでしょうか。
著者が死の淵で見出した希望、それは「私たちは互いに生かし合っている」という厳然たる事実でした。
私の命は私自身の所有物などではなく、見知らぬ他者、そして過去の死者から未来の他者へと続く巨大な「網の目」によって完全に「与えられたもの」です。個として自立する「自由」の地点から出発し、他者との関係性の中で生かされているという「愛」へと至る――この「自由から愛へ」という確かな論理の歩みを通じて、私たちは失われた他者への想像力と真の連帯を取り戻す手がかりを得ます。
■〈私〉を生き、意志を持って社会を創り直すために
本書は、「今の社会はおかしい」と嘆いて溜飲を下げるための本ではありません。「底が抜けた」という絶望的な事実を直視した上で、それでもなお、私たちがかけがえのない〈私〉として生きるために、どう意志を持って「社会を創り直していくのか」を問う、希望と覚悟の書です。
日々の生活で孤独や生きづらさを感じている人、表面的な繋がりだけの現代に違和感を抱いている人にこそ、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。最後のページを閉じたとき、あなたの目に映る「他者」の顔、そして「社会」という風景は、今までとは全く違った、体温を伴うものへと確実に変わっているはずです。
