ぶっく "ヒルズ 挑戦する都市" 2026年5月17日

ぶっく
@b-o-o-k_
森さんはオープンスペースを非常に重視している。彼の開発はいずれも人々が楽しめる緑の空間を最大限創り出している
ぶっく
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森さんは「どうしてそんな 質問をするのか」と逆に聞き返した。なぜなら、彼の大胆なビジョンを実現する唯一の方 法は、一気に創り上げることだったからだ。つまり、そこに住み、働き、仕事の合間やア フターファイブに買い物をしたり、学んだり、アートやコンサートや映画やカフェを楽し めるような街を多くの人々に体験してもらい、支持を得るという目的のためにはね。 私が知っている多くのディベロッパーは、市況と数字(収益性)でプランを組み立てるが、森さんはその街が実現する人々の営みを第一に考える。彼は数字よりビジョンを優先する
ぶっく
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「垂直の庭園都市」やヒルズスタイル
ぶっく
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ぼくは最頂部に置いたのは必須だと思うな。 これには二つの重要な意味があります。 ひとつは、文化が最重要だというメッセージ効果、二つ目は、これが外部と内部を連結さ せていることです。美術館は人々をビルの最上部まで引き寄せる魅力がある。 美術館で芸術にふれたあと、展望台から東京の街や富士山を眺めることで、内部のアートと外部の景 観がつながるのです。ぼくは何度か森美術館に行ったけれど、この開発の根底にある思想 を示す重要な存在だと感じました。
ぶっく
@b-o-o-k_
結局、私はいままでの既成概念に挑戦してきたように思います。 たとえば、住むところ、働くところ、遊ぶところを分けていたのをひとつにまとめるとか、「経済活動に文化は必要としない」という概念を破って、森タワー最頂部に美術館などの文化施設を置 くとか
ぶっく
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ヴァーティカル・ガーデンシティ(垂直の庭園都市) いままでの「逃げ出す街」から、災害時に「逃げ込める街」を目指した
ぶっく
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学生 あなたのビジョンを理解してくれない人を、どのように説得したのですか。 これを話すと一日かかる(笑)。まだ誰も体験したことのない街を「一緒につくりましょう」と説得するのだから、容易ではありませんでした。法的には三分の二の賛成で再 開発組合はできるのですが、実際に再開発を進めるためには一○○パーセントの賛成がい る。まず、私たちは反対する人の立場や事情をよく聞き、希望をかなえるように努めます。 最初に私たちが手がけた再開発のアークヒルズは、地権者の理解を得るまでに非常に時間 がかかりました。 しかし、アークヒルズが完成し、体感できるようになると、私たちがど んな街を創り出そうとしているのか、以前より理解してもらいやすくなりました。
ぶっく
@b-o-o-k_
「東京の最先端を映し出し、発信すること」「未来の都市のひとつのかたちを示すこと」 私は六本木ヒルズにこんな願いを託した。 いわば、六本木ヒルズそのものが、従来の都市に対す るアンチテーゼなのである。
ぶっく
@b-o-o-k_
アークヒルズの再開発に取り組んでいたとき、「蝉を返せ」をスローガンにした再開発反対運動 が起こった。 当時、世の中では都会を示す表現として「コンクリートジャングル」という言葉が 行っており、「開発=自然破壊」と多くの人が考えていた。 こうした社会通念に対して、「都市に小自然を創り出す開発方法もあるのだ」ということを実証したいと思っていた 「蝉を返せ」と反対されたアークヒルズの再開発を起点に、「ヴァーティカル・ガーデンシティ(垂直の庭園都市)」への取り組みが始まった。
ぶっく
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六本木ヒルズは「文化都心」
ぶっく
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なぜ、現代アートなのか 「なぜ、森美術館は現代アートをテーマにしたのか」 これもよく聞かれる質問だ。 現代アートは日本ではまだ馴染みも薄く、愛好家も少ない。その背景には、評価の定まらないも の、従来の枠をはみ出したものに、懐疑的な日本人の特性もあるのだろう。 しかし、現代アートのなかから次の時代の古典が生まれるのだ。いま、古典といわれるものも、 当時は先鋭だった。その誕生に立ちあいたい。同じ時代を生きるアーティストを応援したい。そう思い、現代アートを選んだ。
ぶっく
@b-o-o-k_
現代アートと六本木ヒルズは共通点が多い。 どちらも「現代」をとらえ、そこから何かかを生み出そうともがき続けている。現在進行形の表現であり、未知の領域を目指している。
ぶっく
@b-o-o-k_
六本木ヒルズはさまざまな「皮切り」の舞台となった。 それが新鮮さを維持するパワーになって いる。 こうしたオリジナル情報を独自の媒体でタイムリーに発信することで、文化都心としての魅 力もメディアとしての存在感も高まった。 「街メディア」としての可能性は未知数であり、これからもバーチャルなメディアの対極として新 しい領域を開けるのではないかと期待している。
ぶっく
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「逃げ出す街」から「逃げ込む街」へ
ぶっく
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既存の枠組みを超えて、新しいことに挑戦する社風は
ぶっく
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ル・コルビュジエ『輝く都市』
ぶっく
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心のトレジャーマップ 赤坂霊南坂地区再開発適地調査報告書 務所の郭茂林さんが中心になって、一九七一(昭和四十六)年にまとめたものだ。 郭茂林さ んは霞が関ビルの設計もコーディネートした方で、人脈も広く、説得力のある優れた建築家 であり、コーディネーターだった。
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