
うーえの🐧
@tosarino
2026年9月6日
望楼館追想
エドワード・ケアリー,
古屋美登里
読み終わった
⭐️⭐️⭐️⭐️
エドワード・ケアリーの『望楼館追想』は、社会の周縁で息を潜めるように生きる人々の孤独と、不器用すぎる魂の再生を、ゴシックホラーの意匠と乾いたユーモアで描き出した傑作です。
■見捨てられた巨大建築「望楼館」
物語の舞台は、かつて壮麗な屋敷だったものの、現在は朽ち果てて巨大な集合住宅となった「望楼館」。
周囲の都市開発から完全に取り残されたこの建物には、世間との関わりを断ち切った奇妙な住人たちが巣食っています。
絶えず汗を流し続ける男、犬の置物を偏愛する父親、決してベッドから起き上がらない母親。
各々が自室という殻に閉じこもり、他者との交流を徹底して避ける異常な空間。
それはまるで、彼ら自身が抱える心の傷のメタファーのように、暗く、重苦しく、そしてどこかノスタルジックな魅力を放っています。
■白い手袋で世界を拒絶し、「愛」を盗む男
主人公のフランシス・オームは37歳。彼は公園で「18世紀の紳士」に扮する動かない彫像として日銭を稼ぎ、生活のすべてにおいて24時間白い手袋を手放しません。
素手で世界に触れることを恐れる彼の裏の顔は、他人が「深く愛した品物」をこっそり盗み出し、自身の秘密の博物館に展示するコレクターです。
指貫、古いボタン、誰かの手紙。博物館にはすでに900を超える品々がナンバリングされ、ひっそりと並んでいます。
フランシスはそれらの品物に宿る他者の「愛」や「記憶」の重さを量ることでしか、世界と繋がることができないのです。
この狂気じみた、しかしあまりにも切実で哀しい行為は、現代人が抱える孤独の極致を体現しています。
■停滞を打ち破る「異分子」の到来
望楼館の冷え切った均衡は、アンナ・タップという新しい女性住人が越してくることで脆くも崩れ去ります。
彼女は他の住人たちとは異なり、無防備なほどの暖かさと率直さを持って、閉ざされた扉をノックし始めます。
アンナの存在は、フランシスを含む住人たちが長年目を背けてきた過去のトラウマや、心の奥底に封印していた罪悪感を容赦なく引きずり出していきます。
彼女との交流を通じて、手袋越しでしか生きられなかったフランシスが、いかにして生身の痛みに向き合っていくのか。
その過程はサスペンスフルでありながら、痛ましいほどの美しさに満ちています。
■喪失と痛みを抱えた大人たちのためのダーク・ファンタジー
本作は単なる奇人変人のカタログや、不気味な館を巡るホラーではありません。
徹底的に歪んだキャラクターたちの奇行の裏には、誰もが共感しうる普遍的な「喪失」の痛みが隠されています。
彼らが抱える狂気は、残酷な現実から自らの心を守るための必死の防衛本能に他なりません。
物語の終盤、長きにわたって淀んでいた望楼館の空気が浄化され、フランシスが白い手袋の向こう側へ確かな一歩を踏み出す瞬間、読者は胸を締め付けられるような深いカタルシスを味わうことになります。
世間のスピードについていけず、立ち止まってしまった経験のあるすべての人へ。
奇妙でグロテスク、それでいてこの上なく優しいこの物語は、あなたの心の奥底にある柔らかな部分に、忘れがたい爪痕を残すはずです。

