覚醒充電器 "臆病な僕らは今日も震えながら" 2026年9月13日

臆病な僕らは今日も震えながら
読み終えました!! 本書には数個の対比があります、 灰色の現実(どんより、圧迫感)↔夢に出てくる虹色の世界(美しい、郷愁) 主人公(勉強✕、運動✕、友だちなし、母との思いでなし)↔姉(勉強◎、運動◎、リーダーシップあり、母との思いであり) 主人公↔男の子(景) この中で一番最初に出てくるのが現実と夢の対比です。 この対比を通して主人公のきららがどれだけ卑屈なのか、現実に嫌気が差しているのかが明白に伝わります、なにもうまく行かない、不自由で息苦しい世界と現実を形容するのに対して、夢のことは優しくてあたたかい、自由な世界というほどです。 次にきららと姉の対比、きららの自己評価は「のろま」「要領が悪い」「いてもいなくてもいい人間」、きららから姉への評価は「なんでもうまく出来る人」この対比がきらら自身をものすごく苦しめています。 そしてきららと景の対比、これが一番強調されているように感じました、きらら自身も景を(私と正反対な人)と言っていましたから。 ここからネタバレが入るんですけど、 物語が進んでいくごとに灰色の現実がだんだんと色づいていくんですよ、最初は景の絵によって、次に電車に乗っているときにクリスマスの飾りに気付くとき、そして最後に自分たちの出生について矢野一家から話を聞いて空を見上げたとき、この時ついに空を真っ青と表現するんです、そしてきららは(なんてきれいなんだろう)と一人思うんです。 成長したんですね、きららは、自殺を図り訪れた地で景と出会い、姉と衝突して、矢野一家から自分の母について、自分なんか愛していないんじゃないか、認識すらしていなかったんじゃないかと思っていた母の自分に対する愛を伝えられて、自分は生まれてきただけで価値があると断言できるまでに成長して 現実を、この世界を 今日も震えながら、明日へ向かって、生きていく。 と言えるほどに。 自分が好きな台詞として、きららの「きっとどこかに欠陥があるのだろう」というもの その気持ち、すごくわかる 人は、ひいては卑屈な人間はなにかを他人のせいにできないんです、すべての矢印を自分に向ける究極の自責思考、そうやって出力されるものの結果が「自分に欠陥がある」 自分も卑屈な方の人間なのですごく共感してしまいました。 最後に姉のキャラクター性について 自分が思うに姉は典型的な良い子なんです 昔から親戚や周りに褒めそやされてきた人間の典型、それがどこに出ているのかというときららへの接し方です。 きららへのやることほぼ全てに干渉し抑制すること、母親のいないきららにとってそうすることは自分の義務であり当然の良いこととして考えています、そういったところにずっと「良い子」であった弊害が出ているなと、 周りもあまり、というかそんな描写はないんですけど、姉のそんなやり方に文句言わないんです、親戚もきっと姉のやることだから正しいとか思ってるんでしょ表面だけみて、これは完全な妄想になっちゃうんですけど。 そうやって自分の行いを省みることが少ないがゆえにこんなことになってるのか…?とおもってよんでました。 でもこれって姉なりの妹を思う気持ちであり 一種の母性、家族愛でもあるんです、だから妹と衝突した際にはしっかり自分を見なすことができた、そういうしっかりと芯のある人間である姉は結構好きなキャラクターでした。 結構つらい時に読むと頑張っちゃうか~みたいに感じれる本だと思うので、気が向いたときに買ってよんでみてください!! 自分はかなり好きです
臆病な僕らは今日も震えながら
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