
うーえの🐧
@tosarino
2026年10月6日
キレイゴトぬきの農業論
久松達央
読み終わった
⭐️⭐️⭐️
【農業という「聖域」にロジックのメスを入れる――久松達央『キレイゴトぬきの農業論』
「農業」という言葉を聞いて、私たちは無意識に何を思い浮かべているでしょうか。
大自然と触れ合うロハスな生活、消費者のために汗を流す清貧な農家、あるいは「無農薬・有機=絶対善」という神話……。
こうした情緒的なイメージ、つまり「キレイゴト」を、現役の有機農家自らが痛快に、そして極めて論理的に解体していくのが、久松達央著『キレイゴトぬきの農業論』です。
■農業を「感動ポルノ」から解放する
本書の最大の魅力は、農業を特別視する「聖域化」を徹底して拒絶している点にあります。
「農家は儲からないのに頑張っている可哀想な存在」という同情や、「有機野菜だから無条件に美味しいはずだ」という盲信は、一見すると農家を応援しているようでいて、実はこの産業から真っ当な市場競争や経営努力を奪ってきました。
著者は、こうした世間の思考停止をバッサリと切り捨てます。
農業は決して感情論で語る「命の産業」などではなく、他産業と同じく論理と戦略が問われるシビアなビジネスなのだという視点は、あらゆる事業開発に通底する普遍的なリアリティを持っています。
■小規模事業者のための「ゲリラ戦」戦略
ビジネスとしての農業を考えるとき、本書が提示する「生存戦略」は極めて示唆に富んでいます。
著者は大規模化・効率化を目指すメガファームと同じ土俵には立ちません。
あえて手間のかかる多品目栽培を選び、自分たちで販路を開拓し、直接顧客と繋がる「ゲリラ戦」を展開します。
この戦い方は、昨今のD2Cモデルや、生産から販売までを一貫して行う農業SPA(製造小売業)的な事業構造を構想する上で、強力なヒントを与えてくれます。
補助金や既存の流通網に依存せず、独自のバリューチェーンをどう構築し、顧客とどのような関係を結ぶのか。
これは農業に限らず、すべての新規事業やプロダクト開発において避けて通れない問いです。
■「知力」で自然という不確実性に挑む
自然という究極の不確実性を相手にする農業は、本来、極めて高度な知的労働です。
天候や土壌の変化を観察し、仮説を立て、実行し、検証する。
著者が語る日々の農作業は、泥臭い肉体労働であると同時に、緻密なPDCAサイクルの連続です。
東日本大震災時の風評被害という理不尽な事態に直面した際も、被害者意識に絡め取られることなく、自らの事業価値を冷静に問い直す著者の姿には、困難な状況下でプロジェクトを牽引する経営者としての凄みがあります。
■組織論・戦略論としての必読書
本書は、単なる農業のエッセイではありません。
一つの産業を覆う「思い込み」を剥ぎ取り、本質的な価値を再定義していくプロセスを描いた、優れたビジネス書であり、組織論・戦略論でもあります。
新しい事業モデルを模索している方、既存の業界構造に疑問を抱いている方、そして何より、物事の本質をロジカルに突き詰めたいと願うすべての人に、強くおすすめしたい一冊です。
読後、スーパーに並ぶ野菜を見るあなたの目は、確実に変わっているはずです。