CandidE "動物化するポストモダン オタ..." 2025年4月8日

CandidE
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@candide_jp
2025年4月8日
動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)
「オタクたちの行動原理は、あえて連想を働かせれば、冷静な判断力に基づく知的な鑑賞者(意識的な人間)とも、フェティシュに耽溺する性的な主体(無意識的な人間)とも異なり、もっと単純かつ即物的に、薬物依存者の行動原理に近いようにも思われる。」 この抜粋について私見を述べると、2001年当時は非常にリアルに感じられた。そこにはネガティブな含意、危険な匂い、社会からの逸脱が垣間見える一方で、その過剰な情熱には形容し難い何かがあった。単刀直入に言えば、ヤバかった。 2025年現在、オタク文化はカジュアル化・グローバル化し、かつての独特の価値観は薄れつつある、らしい。そして、あの過剰でヤバい情熱は細分化され、乱立する「推し」や「趣味沼」のガチ勢へと引き継がれている、と聞く。 💡ここで私の頭に一つの仮説が去来した。それが以下、「家畜化するポスト沼社会」である。 オタク文化が先行して発達させた「ハマる快楽」と「抜け出しにくいシステム」は、いまや社会全体に水平展開している。その結果、あらゆる分野に“地雷”のように埋め込まれ、誰でも気軽に「沼落ち」できる状態になった。これを「ポスト沼社会」と呼びたい。 この状況の特徴は以下の通りである: 1. 沼落ちを促すプラットフォームやビジネス(ソシャゲ、推し活、サブスク)の激増、および従来の嗜好品蒐集のさらなる大衆化・オープン化と市場の成熟。 2. SNSによる可視化と拡散で、沼情報の誘惑が絶え間なく押し寄せる。 3. 「楽しい・便利」というポジティブ評価が圧倒的なため、モラル批判や規制が働きにくい。 4. コミュニティの細分化。「どの沼に所属するか」で居場所を獲得する一方、社会全体の連帯感は希薄になる。 表面上は平穏な日常を送りながら、あちらこちらに潜む「ハマるポイント」に足を踏み入れることで、人生の深みにハマる。これが「ポスト沼社会」の姿である。もちろん、「沼」文化がもたらす共同体感覚やアイデンティティの構築といった肯定的な側面を否定するつもりはない。しかし、快楽や充実感を容易に得られる反面、視野狭窄や財政的・精神的破綻といったリスクも確実に存在する。けれども、多くの人が「人生の楽しみだから仕方ない」、あるいは「情報発信は社会に有益」と受け入れていることもまた事実である。 と、このように、デジタル時代において無限に広がる「沼」に喜んで(あるいは無自覚に)飼い慣らされている大衆を、「家畜化するポスト沼社会」という枠組みで、現状を整理し捉え直すことが可能ではないだろうか。その際『動物化』が、大きな物語を失った個人の欲求がデータベース消費に向かう内面的な変化を指したとすれば、ここで扱う『家畜化』は、プラットフォームやアルゴリズムといった外部システムにより、『動物化』がさらに効率的に管理・増幅・維持される側面を強調するものである。それはすなわち、データベース消費×アルゴリズム、AI依存、非人間中心主義の台頭という沼沼沼×沼沼沼沼。 以上、このような妄想をどなたか論文にしたためてはいただけないかしら。なんつって😉
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