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2025年5月19日

世界文学としての〈震災後文学〉
いとうせいこう,
ベルナール・バヌン,
バーバラ・ガイルホン,
パヴォーネ・キャーラ,
マルゲリータ・ロング,
レイチェル・ディニット,
フィリッポ・チェルヴェッリ,
ダニエル・C・オニール,
アンヌ・バヤール=坂井,
堀井一摩,
クリスティーナ・岩田=ワイケナント,
新井高子,
木村友祐,
木村朗子,
村上克尚,
樋口良澄,
沼野充義,
由尾瞳,
藤原団,
金ヨンロン,
金昇渊
p.41
日本で"あれほど"の事が起こり、それまで築いてきたことがすべて洗い流され、未曾有の巨大な惨事を通じて私たちは前代未聞の浄化、カタルシスの体験をしたと言ってもいい。それまでの日本人がーー政治家や資本家だけでなくーーたとえいかに堕落していたとしても、私たちはきれいさっぱり、仮死から再生への道を歩む機会を与えられたのではなかったか?ところが現状はどうだろうか。政治の言葉は清らかになるどころか、前にもまして愚劣で不条理なものになり、ウソがポスト真実として堂々と流通し、世界に先がけて脱原発宣言をしてエネルギーの未来に向かって人類の先導者となるべきだったこの国では、すべてがなしくずしにされ、"あれほど"のことがあたかもたいしたことではなかったかのように忘れさられつつあり、故郷を追われていまだにさまよっている多くの人たちは悲劇の主人公どころか、同情されるべき犠牲者ですらなく、厄介者とひて切り捨てられかねない。放射線汚染の危険を指摘しようとすれば、「風評被害」を広めるとして逆に糾弾されてしまう。こういう今の日本が私は恥ずかしい。それをフランスで行われる国際学会の場ではっきり言っておきたい。
p.44
しかし、その後、驚くほど速やかに、3・11体験を踏まえた作品が次々に現れ、3・11文学、あるいは3・11後文学とすでに呼んでもいい、現代日本文学の流れがはっきりと見えてきた。[…]注目すべきは、日本が壊滅的な打撃をこうむっているさなか、責任を曖昧にしたまま悲劇をなしくずしにしようとする巨大な抗いがたい仕組みに対して、抵抗する想像力の働きを文学がきちんと発動しているということである。