
ワタナベサトシ
@mizio_s
2025年11月21日

エーリヒ・ケストナー
スヴェン・ハヌシェク,
藤川芳朗
気になる
読み終わった
借りてきた
2025年末〜2026年始休暇を使って読了。
エーリヒ・ケストナー(1899〜1974)
青年期に第一次世界大戦に召集され、訓練により心臓を患う。教員養成学校・大学進学、新聞社で批評記事などを書きつつ詩人として世に出る。本人は劇作家に憧れがあったようだがそちらではなかなか道が厳しく、児童向け小説『エーミールと探偵たち』(1928)の大ヒットにより世界的に有名になる。
同作の映画化脚本や『飛ぶ教室』(1933)、大人向け長編小説『ファビアン』(1931)などを次々と発表するが、ナチス政権下(1933-1945)の12年間は反体制的な思想や言論が徹底的に弾圧されており、ケストナーの著作も焚書の憂きめにあう。ただしナチ側には既に著名で大人気のケストナーを大っぴらに弾圧しては体勢への批判が強まってしまうとの計算もあったようで、また貴重な外貨を稼ぐ翻訳書の売れゆきも無視できなかった(黙認せざるをえなかった)ようだ。さらに国威発揚の娯楽映画を製作するにあたって偽名で脚本執筆に協力させるなどの関わりもあり、ケストナーはナチスドイツから亡命することをせず生き延びて終戦を迎える。
思想信条は明らかに反ナチであるものの戦中は慎重に口をつぐみ態度を明らかにすることをしなかった。世界大戦を以て壊滅させることでようやく終わらせることができた悪夢の時代を生き延びるのは容易いことではない。義憤や正義感やヒロイズムに酔いながら素手で体制に立ち向かってあっさり処刑されてしまうような愚かな道を選ばずに、態度を保留し続けたケストナーを後世の安全圏から単純に断ずることはできまい。
本書は実母との手紙のやりとりなどの「原典」を丹念にあたり、存命中の自伝や自己言及、伴侶ルイーゼロッテ・エンダーレが(都合の悪いところを省略して発表するなど)改変編纂した部分とのギャップを浮き彫りにしてゆく。一般的には「子供の心をよく理解しているやさしいケストナーおじさん」。その実像はどうだったのか。人生の最盛期にあたるはずの30代〜40半ばまでナチスにより執筆活動を大幅に制限され、言いたいことを表現できなかった。戦後は与えられた役目を果たしつつ、新作も書き、映画も作り、語るべきことについては饒舌に語り、語りえぬことには頑なに口を閉ざして生き続けた。
エンダーレとは結婚せず独身のままであったが、別の女性とのあいだに息子をもうけている(それにより遺言書は書き換えられて、エンダーレ100だったのが→エンダーレ50:息子母親と息子に25ずつ)。『ふたりのロッテ』の主人公の名前の元にもなっているルイーゼロッテ・エンダーレは激しく怒り、探偵を使って執拗に相手のことを追い回し、後世の研究者にしてみれば「信用ならない」数々の偽史をばら撒いた。可愛い双子の女の子のイメージはこてんぱんに破壊されるだろう。
啓蒙主義者であり、自身の小説の主人公ファビアンのようにモラリストの一面もあり、母親のことを強く愛し続けて文通を欠かさず(母の死後は父親とも良好な関係を再構築して)、シニカルな皮肉屋で、必要とあらば躊躇いなく舌鋒鋭く批判を飛ばし、そしてなによりとにかく文章が上手かった。子供のことは本当に大好きだった。どんな人物にも毀誉褒貶がある。複数の女性と同時につきあってそれを互いにバレないように秘書に工作させるなど、世間一般のケストナー像からすると幻滅させられるような内容も明かされている。
晩年のケストナーがとある授賞式のスピーチで自身について語っている。
“諷刺的な作品を世に送り出してきた作家が、良心のやましさを覚えることなく、賞讃されたと感じてよいものだろうか。おおやけに授けられる花冠はむしろ挫折を物語ってはいないだろうか?「むしろ皆さんはこうおっしゃろうとしているのではないでしょうか、<君は飼いならされたサーカスのライオンだ、さあ、この手から月桂冠を受け取って食べるのだ>と?」”(475ページ)
100年前の若いケストナーはナチの台頭を「高を括って」静観していた。人々があんな連中に煽動され、操られ、愚かな道へと進んでゆくとは思いもしなかったのだ。現在はどうだろう。排外主義が蔓延し、法を逸脱した好戦的な権力者が幅をきかせ、差別的な言動を大っぴらに振りまく者たちに喝采する大衆がいる。世の中のタガが外れつつあるようにも思える。本書を読むとケストナーの生涯を丹念に追いつつ、今をなぞっているように思えてしまうのだ。したり顔で「歴史は繰り返す」などと嘯くむきもあろうが、繰り返してはならない歴史もある。学ぶべきことはとても多い。