A.
@reads1230
岩手県下閉伊郡田老村にあった、田老尋常高等小学校生徒による、昭和八年の大津波についての作文
「『つなみ』
尋三 大沢ウメ
だんだんさむい夜があけてあたりがあかるくなりましたので、下を見下しますと死んだ人が居りました。
私は、私のおとうさんもたしかに死んだだろうと思いますと、なみだが出てまいりました。
下へおりていって死んだ人を見ましたら、私のお友だちでした。
私は、その死んだ人に手をかけて、
「みきさん」と声をかけますと、口から、あわが出てきました。」
A.
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「この地方では、死人に親しい者が声をかけると口から泡を出すという言い伝えがある。その時も泡が出たので、幼い少女の死体をかこんでいた人たちは、「親しい者が声をかけたからだ」と、涙を流したという。」
A.
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明治二十九年の大津波から昭和八年まで、これといった津波災害防止方法がとられていなかった反省から、「地震津波の心得」というパンフレットが県庁から一般に配布された。
以下はそのパンフレットからの抜粋。
「一、緩慢な長い大揺れの地震があったら、津波のくるおそれがあるので少なくとも一時間位は辛抱して気をつけよ。
一、遠雷或は大砲の如き音がしたら津波のくるおそれがある。
一、津波は、激しい干き潮をもって始まるのを通例とするから、潮の動きに注意せよ。
一、もし船に乗っていて岸から二、三百メートルはなれていたら、むしろ沖へ逃げた 方が安全である。」
