本の虫
@H_0717
1. 「問い」とは自らの「生き様」そのものである
「いい問い」とは、単なるテクニックで見つかるものではなく、自分の存在の根源から湧き上がるものです。
• 問い=人間精神: 問いを持つこと自体が人間である証拠であり、生きることそのものです。
• 「してしまう」営み: 研究や問いは、外部から習得する「力」ではなく、感動を原点に思わず「してしまう」本分(ほんぶん)であるべきです。
• 本質的な問いの定義: 「なぜその問いがあるのか」という歴史性や存在論まで考え抜かれたものが、本質的な「いい問い」となります。
2. 「自分」と「世界」の境界線が消える矛盾を引き受ける
徹底的に考え抜くと、主観的な「自分」と客観的な「世界」が一致するという不思議な地点に到達します。
• 自分=世界: 自分の見方でしか世界を見られない以上、世界は自分の内側にあります。このとき「自分」という個別の枠は消滅します。
• 矛盾そのものが人間: 私たちは「究極的に広大な世界」であると同時に「究極的に孤独」であるという、逃れられない矛盾そのものとして存在しています。
• 内なる目を養う: 外側に答えを探すのではなく、自分の心が何に反応し、なぜ面白いと感じるのかを観察する「内なる目」が、自分自身の根幹(アイデンティティ)に触れるために不可欠です。
3. 本当の「自由」は「孤独」と「責任」を伴う
世界が自分の見方で決まるのであれば、その世界に対する責任はすべて自分に帰結します。
• 創造主としての自由: いったん真っ白になった世界を塗り直す営みにおいて、私たちは真に自由であり、同時にその選択のすべてに責任を負います。
• 孤独な自由: 誰のせいにもできないという事実は、本当の自由が「孤独」に近いことを意味します。
• 自己点検と内省: 自分の見方が世界を歪めているのではないかと疑い続け、葛藤しながら精神を維持する努力こそが「内省」であり「生きること」です。
4. 答えを「得る」のではなく、答えを「持つ」
「正しいかどうか」という外部の基準から離れ、自分なりの納得(本分)に至ることが精神の成熟とされます。
• 「人それぞれ」を超えた共通性: 安易な「人それぞれ」に逃げず、全人類に共通する「本質」を問い続けることで、深い納得が得られます。
• 未完・失敗の受容: 人生において「やりたかったことができない」のは普通
