∧( 'Θ' )∧ "徒然草 ビギナーズ・クラシッ..." 2026年1月2日

徒然草 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)
Xでたびたび話題になる永世バズツイ名人吉田兼好。一度は頭から通して読むべきと思ったので始める。 やっぱり「めっちゃ好みの庵があってこんな生き方もあるんだな〜と感心してたら庭のたわわに実った蜜柑の木に厳重に囲いがしてあって幻滅」エピは強い。ここだけでもう自我マシマシおもしろおじさんであることがわかる
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@Tori1736
人の亡き後ばかり悲しきはなし。 中陰のほど、山里などに移ろひて、便あしく狭き所にあまた合ひゐて、後のわざども営み合へる、心慌たたし。日数の速く過ぐるほどぞ、ものにも似ぬ。果ての日は、いと情けなう、互ひに言ふこともなく、我賢げにもの引きしたため、散り散りに行きあかれぬ。もとの住みかに帰りてぞ、更に悲しきことは多かるべき。「しかしかのことは、あなかしこ、跡のため忌むなることぞ」など言へるこそ、かばかりの中に何かはと、人の心はなほうたておぼゆれ。 【訳文】 人の死後ほど悲しいものはない。 死後の四十九日の間、親族たちは山里の寺などに移り、不便で窮屈な所に大勢同居して、死後の法事を営み合うが、そのようすは何とも慌ただしい感じがする。日がたつ速さは、比べるものがないほどだ。四十九日目には、何の未練もないようすで、互いに言葉を交わすこともなく、周囲の混雑を見下すような覚めた態度でさっさと身の回りを片づけると、散り散りに別れていく。しかし、遺族のほうは、自宅に戻ると、改めて悲しみが増すはずだ。ところが、親族は、「これこれのことは、まあとんでもない、遺族にとって不吉とされていることだ」などと、出しゃばった口をきく。悲しみに包まれた葬儀の最中に、遺族の神経を逆なでするようなことを平気で言うのかと、人間の心というものが、やはり、情けなく思われてくる。
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@Tori1736
追儺より四方拝に続くこそおもしろけれ。つごもりの夜、いたう暗きに、松どもともして、夜半過ぐるまで人の門たたき走り歩きて、何事にかあらむ、ことことしくののしりて、足を空に惑ふが、暁方より、さすがに音なくなりぬるこそ、年の名残も心細けれ。 亡き人の来る夜とて、魂祭るわざは、このごろ都にはなきを、東の方にはなほすることにてありしこそあはれなりしか。 かくて明けゆく空の気色、昨日に変はりたりとは見えねど、引き換へ珍しき心地ぞする。大路のさま、松立て渡して、華やかにうれしげなるこそ、またあはれなれ。 【訳文】 特に、大晦日の鬼やらいの儀式からすぐに、元旦の四方拝の行事に続くのが、とてもおもしろい。 大晦日の夜、真っ暗闇の中を、松明をともして、夜半過ぎまで人の家の門をたたいて走り回る。しかも、どういうことなのか、大げさにわめきたてて、足が地につかないくらいせわしく走り回っている。だが、それが、明け方からは、さすがに元朝らしく、しいんと静まりかえってしまう。そこに、行く年の余韻が感じられて、心寂しくなる。また、亡き人が帰って来る夜といって、その霊を祭る行事は、近ころ都では行われなくなったが、関東では今なお慣習が続いていることに、深い感銘を覚えたものであった。こうして明けていく元旦の空のようすは、別に昨日と変わるはずもないのに、まるで違った新鮮な印象を受ける。都の大通りも、家々がずらりと門松を立て並べて、祝賀気分があふれている。それがまた、たまらなく心にしみる光景である。
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@Tori1736
名を聞くより、やがて面影は推し量らるる心地するを、見る時は、またかねて思ひつるままの顔したる人こそなけれ。昔物語を聞きても、このごろの人の家のそこほどにてぞありけむとおぼえ、人も、今見る人の中に思ひよそへらるるは、誰もかくおぼゆるにや。 【訳文】 人の名を聞くと、すぐにその人の顔が心に浮かんでくるような気がするのに、本人と実際に会って見ると、想像どおりの顔をした人はいないものだ。遠い過去を記した物語を聞いても、現在ある人の家の、あの付近で起こった出来事だろうかと推測され、登場人物についても、現にいる実在人物になぞらえてしまうのは、人間誰もがこんなふうな心理になるものなのだろうか。 ファンキャスティング問題ってこういう心理から起きるんだろうか。
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@Tori1736
世を捨てたる人の、よろづにするすみなるが、なべてほだし多かる人の、よろづにへつらひ、望み深きを見て、むげに思ひくたすは僻事なり。その人の心になりて思へば、まことにかなしからむ親のため、妻子のためには、恥をも忘れ、盗みもしつべきことなり。されば、盗人を縛め、僻事をのみ罪せむよりは、世の人の餓ゑず寒からぬやうに、世をば行はましきなり。人恒の産なき時は恒の心なし。人窮まりて盗みす。世治らずして凍餒の苦しみあらば、科の者絶ゆべからず。人を苦しめ、法をさしめて、それを罪なはむこと、不便のわざなり。 さて、いかがして人を恵むべきとならば、上のおごり費やすところをやめ、民を撫で、農を勧めば、下に利あらむこと疑ひあるべからず。 衣食尋常なる上に、僻事せむ人をぞ、まことの盗人とはいふべき。 【訳文】 世俗の生活を捨て何の束縛もない気楽な独身者が、肉親・縁者が多く、何かにつけて人に媚び欲に振り回される俗人を見て、頭から軽蔑してかかるのは人の道に反することである。 その人の立場になって考えてみれば、心から愛すう親や妻子を養うためには、恥を忘れて人にへつらい欲にかられて盗みもするに違いないのだ。だから、こうして盗人を逮捕し犯罪者を処罰するよりは、衣食住の生活を安定させる政治を行なってほしいものだ。 人間というものは、生活が安定しないと、平常心を失ってしまう。だから、経済的に追いつめられると、盗みを働くようになる。政治が乱れて、経済生活が破綻すれば、犯罪者は急増する。人々を経済的に苦しめ、その結果、犯罪に導いておきながら、それを罰するのは人々にとって気の毒だ。 では、どのようにして人々に政治の恩恵を与えればよいかというと、政治家や官僚が、贅沢や浪費をやめ、人々の生活に目を向けて、農業(基幹産業)を奨励すれば、間違いなく人々の生活は潤うようになる。 経済的に不自由しないのに、欲にかられて悪事をする人間こそ、本物の盗人といってよい。
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@Tori1736
色々と現代に通ずる話。 移民問題に過敏になっている今、話題になるのは日本〜海外間での倫理観の問題。 昔、英語勉強にTumblrの流し読みをしていたのだが、そこで広く支持されているのが「大手チェーンで万引きを見ても、店に通報するな」という意見。 軽く纏めると、1.万引きなんて経済的に困窮してなければしない 2.そんな人を捕まえたところで労働者階級の困窮は解決しない 3.大手チェーンはそもそも保険に入っていたり、万引き程度では倒れない資本を持っている 4.大手チェーンは貧困層を労働力に稼いでいるのだから同情する必要などない という話で、うーん・・・と思ったのだが(日本以上に貧富の差が著しいアメリカならでは、の話ではある。稼いでいるくせに還元しない金持ちへの恨みの気持ちが強いし、それを正当化されやすい気質なのだ。ノブレス・オブリージュ的な倫理観がある。イーロン・マスクが「WFP(世界食糧計画)が具体的に貧困による餓えを恒久的に解決できる計画を提出できるなら金を出す」と発言しながらWFP側の返信に反応しなかったとされる問題への批判がいまだに燻っていることや、ビリー・アイリッシュがツアーの収益から18億円を寄付し、世界有数の資産家へ向け「If you're a billionaire, why are you a billionaire?」(億万長者の皆さん、なんでその富を困っている人々に分け与えることをせずそのまま億万長者でいられるの?)と発言したことからもそれが窺える)あちらの倫理観からすると、「貧困者を庇い大手チェーン側へおもねることはしない」というのは少なくともネット上では広く支持される姿勢なのだ。もちろん、日本のような規模感がまったく違うスーパー(ウォルマートとイオンを比べても圧倒的に違う)や、業績不振とあればすぐにその地域から引っ込んだり、オーナーに支出を求めるフランチャイズでは話が違ってくるのだが、海外から出稼ぎに来ている向こうはそういった事情(飢えるはずがない者=billionairesから奪っているという正当性が、日本の多くの地域では通用しないということ)を知る由もない。 だが、問題の本質は兼好法師が指摘した通り、富の再分配をシステム化しない政治なのだ。Amazonの倉庫内でトイレ休憩もままならない実態があることからも見てわかるように億万長者に良心などないのだから。
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@Tori1736
よろづのとがは、慣れたるさまに上手めき、所得たる気色して、人をないがしろにするにあり。 【訳文】 あらゆる過失は、もの慣れたようすでベテランらしく見せ、我が物顔をして他人を軽くみる態度から生まれる。
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