
燐
@Re
2026年1月20日

震災と行方不明
金菱清(ゼミナール)東北学院大学震災の記録プロジェクト
読み終わった
・本書では、東日本大震災を経験した人、被災して行方不明者遺族となってしまった人たちに取材を行い、「行方不明」に対しての分析が行われている。一言で被災者と括っても、そこには様々なあり方がある。行方不明者に対しても、様々な受容の仕方があり、それをできる限り取りこぼさないようにしながら、「行方不明」について論じられている。
・まえがきとして書かれるのは、東日本大震災で父親が行方不明になってしまった女子高生によるとある問いである。
「私のお父さんは、震災でいまだ行方不明だけれども、果たして本当に亡くなったのだろうか、他の行方不明者家族も私と同じような思いを持っているのか知りたい」
・行方不明者遺族は、行方不明者の遺体が見つかっていないが故に、宙ぶらりんな気持ちを抱えざるを得ない。家族療法家のポーリン・ボスによると、それを<曖昧な喪失>と呼ぶらしい。
「行方不明」という主題は、曖昧な状態だけでなく、それを条件として自分たちのなかでゆっくり熟慮できる時間の隙間を生み出している。通常のお葬式が肉体の滅却に合わせて足早に、当事者の納得の有無にかかわらず時間の隙間なく進んでいくのに対して、同じ祝祭でも、結婚式は授かり婚を別にして、当人同士が納得のいくように1年近くを要する時間の猶予がある。
そうであるならば、行方不明は期せずして亡くなった人がそこにいないために、自分が納得のいく際(タイミング)に送れることを意味していると読み込むことができるのではないか。納得できないうちは、自分の世界にため込んでよいともいえる。その点で言うならば、曖昧なものはそのままで即座に処理する必要はないことも、ヒントとして与えてくれている。
・ここはすごく新しい視点だと思った。曖昧なまま、気持ちの整理をつけることができずにいるという不幸さとは違った視点で、自分のペースでゆっくりと死を受け入れることが可能だとも言えるのか。いや、遺体が見つかった場合は、二度死を受け入れなければならないとも言えるかもしれないが、この視点は自分にはなかった。
・二章では、請戸という地域について話が展開していく。
・請戸は津波で壊滅的な被害を受けた地域で、それに伴って住民の海に対する恐怖心というのは当然に高くなった。一方で、港の栄えるこの街は、これまではずっと海からの恩恵を受けてきた地域でもある。
・請戸では震災からの復興にあたって、海には壁のような防波堤が作られた。そのため、街から海が見えなかったり、海の匂いが届かなかったりした。そうやって海が身近になくなることによって、元々あった請戸の記憶が薄れていく感覚があると、とある住民は語る。震災によって海は恐怖の対象になったが、しかし、やはり依然として感謝や信仰の対象でもある。
・三章では行方不明者遺族に話を伺い、行方不明者遺族がその傷ついた心とどう向き合ってきたのかが書かれている。
・ここでは行方不明者の家族が出てきていたが、意外にも前向きに捉えられている。
・行方不明という状態は、生も死も確定していない状況であり、最も自由な状態でも言えるかもしれないというようなことが書かれていた。旅をしているのだ、と。
・まえがきで書かれていたような<曖昧な喪失>は、明確な別れをすることができず気持ちに整理をつけ辛い、どこかで生きているという希望を捨てることができない、というような苦しみもあるが、こうして精一杯前向きに捉えようとしている人々もいる。
・第五章では、当事小学生だった二人の語りによって進んでいく。
・小学校の同級生である二人は、二人とも沿岸部には住んでいなかったため、被害は比較的少なく、家族や家も無事だった。そのため、自らを「被災した」と言いにくい状況があったという。他の人が家族を失くしたり、家が流されている中で、安易に被災したと言っていいものかという葛藤があったらしい。被災地から遠く離れた場所にいる人からすれば、その付近に住んでいる人は全員が被災者だが、被災者の中でも被害にはグラデーションがあり、そうした中で自分の気持ちを押さえつけてしまう場合もある。
・二人に共通してあるのは、震災直後の記憶があまりないということだ。震災直後から家族との関係性も変化したという二人は、家族との関係を守るために、自分の気持ちを押し殺すことをした。その結果、記憶の行方不明が起こったのではないか。
・行方不明というのは、実際に遺体が見つからないというだけでなく、例えばこの章で書かれていたような、記憶の行方不明というあり方もある。また、他の章で書かれていたような、その地域に住んでいた人たちが移転を余儀なくされ、住民同士がバラバラになってしまって今もどこに住んでいるのか分からない、という状況も一種の行方不明と言えるだろう。