藪舟 "ポピュラー芸術の美学: プラ..." 2026年1月24日

藪舟
@soshu
2026年1月24日
ポピュラー芸術の美学: プラグマティズムの立場から
ポピュラー芸術の美学: プラグマティズムの立場から
R.シュスターマン,
Richard Shusterman,
秋庭史典
プラグマティズムでは芸術をどう扱っているのか知りたくて手に入れた。あわよくば自分の俳句を作る手がかりになればと詠み始めてみる。
藪舟
@soshu
日本語版への序文によると、日本文化はプラグマティズム美学とにているところがあると筆者は思っているようだ。芸術と美的経験の根源を実践的·認識的·社会的な人間行為の必要のなかに見ているように思われるからだ、と述べている。芸術の経験的プロセスと実践倫理的訓練つまり稽古を大事にしていると。 俳句は芸術の専門家でなくても参加できる文芸という意味では、まさしくプラグマティズム美学の実践なのかもと思った。
藪舟
@soshu
第一章「芸術と理論、経験と実践のあいだ」 芸術とは何か?デューイは芸術を経験と定義している。 プラトンは芸術が嫌いだったのか、模倣と定義して蔑んでいるという。その呪縛は大変なようで、ずっとあとを引いている。そんな議論が続く。 私に理解できたのは、哲学的に芸術を捉えると高尚なものかどうかの分類と高尚なものであるかの評価が意識されるという2つの問題があること。 芸術が経験であるというのは、美的経験は直接するもので、その価値は美的経験そのもので満たされるものということ。ほかの目的で判断されるものではない。だから他の人が何と言おうと美しいと感じる経験とその経験に満たされることと言いたいのだろう。とにかく、美学をめぐる哲学の歴史は私には難しかった。 俳句の形にして残したいのは、そういう経験や気づきなのかもしれないと思った。
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