
珠洲泉帆
@suzumizuho
2025年1月12日

無垢なる花たちのためのユートピア
川野芽生
買った
読み終わった
気に入った
表題作、これは尊厳の話だと思った。尊厳を破壊から守りたいという話。それが楽園の信仰や箱船という舞台設定のおかげで何層にも複雑になっている。
少年たちが心の中に育てる花こそが尊厳であり、その尊厳を喰らう大人たちがいる。誰かの尊厳を喰らえば楽園にたどり着ける。戻れば地獄しか待っていない。尊厳を傷つける者たちに立ち向かう少年たちの姿は勇敢だ。
特に私が共鳴したのは、尊厳を破壊されたことを人に知られたくないという気持ち。破壊を知らず幸せに過ごす相手には特に。それから、破壊された者の中にも、楽園へ行きたいがために破壊への誘惑があるということ。ここまで描けるのはすごい。
『卒業の終わり』は、面倒な友達やセクハラが出てきてあまり好きではないなと思っていたら、作中にはっきりフェミニズムが息づいていて一気に好きになった。
女性だけが発症し、二十半ばで亡くなる病気が蔓延した世界。女性は男性の人生を彩る華として教育され、短い人生を生きる世界。女性だけが発症する病だから、治療法の研究にはあまり予算が下りない。少女たちは容姿で職場を決められる。女性差別という深刻な病。嫌だなあと思ったら、主人公がそこに怒りと違和感を持ってくれ、最後にはそんな世界の在り方に反旗を翻す登場人物も出た。
安心した。読んでよかったと思った。表題作では少年たちの、最後の話では女性たちの尊厳が中心に置かれて対になっている。
川野芽生が書く世界には幻想的なものがあって、いつまでも読んでいたい、その世界にいたいと思わせるものがある。美味しい酒に酔っているみたいな心地。この人の小説集がまた出たら読んでいこう。

