少年事件加害者家族支援の理論と実践

少年事件加害者家族支援の理論と実践
少年事件加害者家族支援の理論と実践
阿部恭子
現代人文社
2020年6月25日
1件の記録
  • 「謝罪の時期は、たいてい捜査段階である。早期に謝罪をしておかなければ家族の仕事への影響も長期化することから、捜査が進行するまで沈黙は許されず、無罪推定の原則は無視されている。 親の責任とは何なのか。少年事件の保護者は、事件によって損害賠償責任を負うケースもあるが、法的責任を負う相手は被害者やその家族など損害を与えた人々に限定され、支払いの完了によって終了する。保護者が悩むのは、親としての『道義的責任』であり、少年の更生に対する責任は被害者のみならず迷惑をかけた社会に対しても負いうると考える傾向がある。 事件が起きた原因が家庭にあったとして、具体的に家庭の何が問題だったのかは事件を丁寧に見ていかなければ導くことはできず、捜査段階ですぐに判明するわけではなく家族との長期的な関わりが必要となる。 加害者家族は、曖昧な存在である『世間』からの終わりの見えない制裁に怯え悩まされている。支援者は、当該事件の加害者家族が背負いうる責任について、誰に対していつまでにどのような責任を負うのか、事件の進捗状況を見ながら明確にしていく必要がある。」 「日本では子がいつくになろうと親の責任が免責されることはない。親の責任を突き詰めた結果、世間が我が子を憎むならば、手にかけなければならないという発想が生まれている。しかし、子どもは親の所有物ではなく、親に子どもを殺す権利などないのである。 親であれば、永遠に子どもの行動に責任を持たなければならないという考えは、子どもの権利が確立していないことの証でもある」 「保護者には『原因として家族』と『抑止要因・更生の場としての家族』の2つの側面……に加えて『被害者としての家族』という側面もある。………保護者が罪を犯したわけではなく、決して子どもを犯罪者として育てたわけでもない。事件によって加害者家族もついており、重要なことはその傷を癒すことである。」 「たとえ非行少年を虐待してきた親であったとしても、その親自身が虐待などの手ひどい扱いを受けてきた被害者であったことは稀というよりも、むしろ一般的と言えることが明らかになっている現在では、上で挙げたような、非行少年の非行の責任は親にあるという単純な見方を採ることは妥当ではない。むしろ、非行少年の保護者も、非行少年ともども支援を必要としている者と位置づけられるべきように思われる。」 「少年B(17歳)は、13歳以下の男児への強制わいせつにより少年院送致となった。……筆者はBの両親と面談を重ね、今後のBの将来設計はBに任せ、可能な限り応援してほしい旨を広えた。医師や弁護士も合めてBの更生に関わった地域の人々がセクシュアリティに関して誤った認識を持っており、Bを追いつめていた事実に衝撃を受けた。こうした地域の人々の偏見もまた事件の要因となっている側面は否めなかった。 このような環境下でBを更生させることは非常に困難である。」 「家族会への参加を重ね、『語り』を繰り返すうちに家族たちは落ち着き、日常を取り戻して行く。それは何よりも自分自身を取り戻しているかのようである。冗談を言えるようにもなるし、希望を含んだ話をする人もいる。もちろん時間の経過とともに事件当初のショック状態から脱しているという事情もある。こうして地域や職場といった『理解してもらえなかったコミュニティ』から隔離し、安心して『話すこと』と『泣くこと』に『仕切られた』コミュニティに身を置くことによって、参加者はまた現実の日常に戻ることができている。」 「加害者家族に優しい「世間」に変わる日を信じたい。」
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