ブラックウェルに憧れて
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音大生の本棚@ondaisei_hondana2024年9月29日読み終わった音大生の本棚ずっと不思議に思っていることがある。 日本の音楽大学の男女比は圧倒的に女性の方が多い。 音楽高校になるとそれはさらに顕著だ。 私の高校時代の同期は 他の学年に比べて男性が多いと言われていたけれど、それでも比率としては1:9に近いものがあった。 しかしながら、日本のプロオーケストラのメンバーを見ていると男性が圧倒的に多いように見える。弦楽器、そしてヴァイオリンに注目して見ればコンサートマスターはほとんどが男性。 この狂った男女比は私の学校だけかもしれないけれど、大きな目で見れば音楽の習い事をしている子どもを見れば、圧倒的に女性の方が多いだろう。 それなのに、なぜ「現場」と呼ばれるところでは逆転しているように見えるのか、謎だった。 そして、時代の変化とともにSNSを駆使して活動を展開することが当たり前になっていった。 自分の学校名とアカウントの写真を入れただけで、何十、何百という友達のリクエストが送られてくる。 そのほとんどは見知らぬ男性たち。 「音楽大学に通っている、ちょっと世間知らずで、見目麗しい女の人」を愛でる、ファンと名乗ればOKというような感覚で自分のSNSタイムラインを埋め尽くそうとする魂胆が透けて見えるような人たちを相手とらなくてはならないのかと、くらくらした。 逆にその状況をうまく利用して、のしあがる女性たちもいる。 ある種のキャバクラのような世界だと、どこか冷めた目線を送ってしまう私は一体何者なのだろうか。 隠し撮りに近いような写真、あまつさえツーショットの写真をご丁寧にタグ付けしてさも自分の戦利品かのように投稿していく人々に、消費されていく自分の音楽家としての「価値」。 すなわち、それは「女性」としての商品価値みたいなところにも繋がっていくのだろうか。 音楽ではなく、もはや女性としての価値に傾いた歪んだ世界に眩暈がする。 だが、そうならざるおえなかった可能性もあるのではないかと思う。 女は男の3歩後ろを下がって歩け。「家内」「奥方」という呼びその裏を返せば、男性は女性がついていけるだけの力がなくてはならない。女性は男性を支えなくてはならない。 刻み込まれた歴史の数々の呪縛は今も解かれてはいないらしい。 それでも争おうと足掻き続ける全ての人を救ってくれるかもしれない。何かによって区別する文言があったとしても、結局人は人で、人であり続けるためには人でいようとするしかない。 いびつな世界と均衡を保つための少しの希望を掴んだ気がす る。