芥川龍之介の世界

3件の記録
まつこ@matsuko--Books2025年12月22日読み終わったところで注目すべきことは、芥川はこの純粋に個人に関わる領域を、孤独な秘義の奥に閉じこめるだけでは満足しなかったことである。彼は、自分の作品が自分が存在しなくても早晩生れただろうと言う。彼の作品を生んだ時代は、いずれ彼がなければもうひとり別の彼を見つけただろうというのである。そしてその時代は、或る時は彼のなかで民来の観念と重なる。芸術や芸術家は亡びるだろうが、その芸術の母体である民菜は不滅だというのが、彼の意見である。震災直後に菊池寛が芸術の無力さを称えた時、彼はしかし芸術の生れる土壌である熊さんや八さんは亡びない、と反敗した。 それはいわゆる民衆芸術論ではない。しかし彼の懐疑と孤独とが、一種の永劫回帰説ともいうべき民衆、時代、歴史などの芸術の母なる大地の存在を、一方で深く感じていたということは注目に価いしよう。ぼくはこれを、彼の負い目の現われとか自己弁護とか、いわんや現実に対する恐怖のコンプレックスの裏返しになったものとは見ない。むしろ、芸術を神とした人間の信仰告白であると信じるのである。(P.148)



