教養としての聖書

教養としての聖書
教養としての聖書
橋爪大三郎
光文社
2015年3月20日
3件の記録
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    @Chome_llow
    2026年3月22日
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    @semiit
    2025年12月30日
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    やん
    @grilledyangyang
    2023年1月20日
    旧約聖書から創世記、出エジプト、申命記。新約聖書からマルコによる福音書、ローマ人への手紙、ヨハネの黙示録について、当時の社会背景、予型論的や読み方がどのように形成されたかを解説している。 講義の書籍化らしく、学生との問答が記載されており、私達が思い浮かぶ日本人としての素朴な疑問や違和感を代弁してくれており、読みやすい。その中で感じるのは、「一神教がわかる」というより「異文化だとそうなるんだな?」という、分からないが分かる、という感覚。 キリスト教におけるパウロの偉大さ。彼がいなければ現在まで連綿と続くカトリックはなかったんだろう。イエスの教えと聖書をパウロが解釈することで新しい考えが生まれ、後の教父や神学者がパウロ書簡から新たな解釈や教義を生み......聖書は後世においても新しい意味を生み出し続ける凄い書物だな。 あと、筆者がパウロについて「ねちねちした議論のスタイルがユダヤ人っぽい」と書いてて地味にジワるww しかし、そうか。パウロ書簡は論文なのか。「イエスの福音についての考察〜義を中心として」という、ヘブライ聖書を参考文献とした、ねちねちした論文として読むのか。(目から鱗が落ちる絵文字)
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