黒と茶の幻想(下) (講談社文庫)

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咲@lunar_mare1900年1月1日恩田陸奇妙な場所で、酒を飲みながら読んだ。私は今回の旅で、ひたすらに読んでいる。巨大なクスノキが生えた寺院の頭上を、人工物が走っていく。坂道の多い細い道を、呼吸を乱しながら登った。空が青い暑い日。猫の多い道。まんまるの石に猫の絵が描かれ、そこかしこに置かれている。たくさんの目に見られている。梟の店でビールを頼み、縁側みたいな席でずっと飲んでずっと読んだ。何をしているのかしら、私は。歩き続け、登り続ける彼らに同化したかったのかしら。なんと魅力的な旅。なんと素敵な4人組。美しき謎と過去への思索の旅。森は続いている。 「心なんてもの、愛なんてものを発明したのはどこのどいつだろう?そいつはとっくに首を吊られて処刑されているに違いない。いつごろから愛がこれほど幅を利かせるようになったのだろう。不思議でならない。歌が下手だったら歌手になれるはずはないし、成績が悪ければ行ける大学が限られてくることは誰もが納得する。なせ愛に限っては自分もいつか素晴らしいものを与えられるはずだと無邪気に信じることができるのだろう。どいつもこいつも愛乞食だ。」 蒔生の傲慢な利己は揺らがない。蒔生の根元にはたくさんの人間が埋まり、鮮やかな桜が咲く。 鹿が出てくる。鹿。いつも道の先にいる。行く手に立っていて、さっと消える。思わせぶりで、何か意味がありそうに感じてしまう。 啓示だと言うなら、私は、この本を抱えて入ったこじんまりとした書店を思い出す。珈琲を飲みながら本棚を眺められる小さな家。買うと名刺の裏に、女性が、リクエストを受けた絵を描いてくれる。何がいいですか?と穏やかに尋ねられて、私は、鹿を頼んだのだった。木々に身を隠しながらこちらを眺める、角に金色の混じった、大きな目の鹿を描いてくれたのだった。 なぜ私、あの時、ほんの少し迷って、鹿を選んだのかしら。