文章読本 改版 (中公文庫 み 9-7)

1件の記録
葉山堂@hayamado2026年1月2日2026年は文章を読む年にしたいと思い、引っ張り出して読んでいます。 三島由紀夫が、ものごとを非常に平坦な地に立ってみれる人だということは、彼の批評やエッセイだけでなく小説からも伝わってくる。 彼が優れた批評家であったのは、この"目"を持っていたことによるところが大きいと思う。 日本文学の本質と変遷を土台に文章を紐解いた超一流の解説本でありながら、当時の女性読者に向けてとても柔らかく書かれていて、うまく使えば中学生でも十分に面白く読めると思う。 冒頭のレクトゥールとリズールの話は非常に印象的で、私はいつもリズールでありたいと思っているが、とても難しい。 『チボーデは小説の読者を二種類に分けております。一つはレクトゥールであり、「普通読者」と訳され、他の一つはリズールであり、「精読者」と訳されます。チボーデによれば、「小説のレクトゥールとは、小説といえばなんでも手当り次第に読み、「趣味』という言葉のなかに包合される内的、外的のいかなる要素によっても導かれていない人」という定義をされます。新聞小説の読者の大部分はこのレクトゥールであります。一方、リズールとは「その人のために小説世界が実在するその人」であり、また「文学というものが仮の娯楽としてでなく本質的な目的として実在する世界の住人」であります。リズールは食通や狩猟家や、その他の教養によって得られた趣味人の最高に位し、「いわば小説の生活者」と言われるべきものであって、ほんとうに小説の世界を実在するものとして生きて行くほど、小説を深く味わう読者のことであります。私はこの「文章読本」を、いままでレクトゥールであったことに満足していた人を、リズールに導きたいと思ってはじめるのであります。』