ジャック・ラカン: フロイトへの回帰

3件の記録
- いかだ@rafting_2026年9月12日買った読んでる「クッションの綴じ目」について目にして、ラカンに興味を持ったので読んでみてる。だいぶ難しいけれど、「それをしてどうしたかったのか」みたいなことは最近頻繁に考えるようになって、それはクッションを後から綴じ直すようなことかもしれないと感じている。症例の読み方で、もう少し具体的に理解できるといいなー。
敗荷@sibue_fjodor_2026年1月24日買った読み終わった特異的であると同時に普遍的でもあるーパイヤールのいう「範例」あるいはアガンベンのいう「例外」のようなーフロイトの五大症例を、ラカンはいかに読んだか。 50年代ラカンが、去勢の引き受け(=セクシュアリティの引き受け)を分析の目標としたのに対し、60年代ラカンは、幻想によってー例えば狼男は他者に対して自らを供物=犠牲として捧げるという幻想によってー蓋をされた外傷的な現実界を前にして、解釈を通して無意味なシニフィアン連鎖への分析主体の隷属を明かすことを目標とした。 受動としての被害という外傷を、能動としての供犠という幻想によって覆い隠す。そうして想像的な父を護ろうとする。 現実の空虚な深淵を突き付ける分析は、冷酷であるといえばその通りであろうが、しかし人はみな遅かれ早かれその深淵を垣間見ることになるのだろう。そのときに、こちらに戻ってくることのできる足場を確保できるか。想像界ー象徴界ー現実界のあいだを、揺り動きながら、生きられるか。

