ワインズバーグ・オハイオ (新潮文庫 ア 4-1)

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やぎねこ@calicocapricorn2026年4月7日読み終わったシャーウッド・アンダーソンは、『ワインズバーグ・オハイオ』において、オハイオ州の架空の町ワインズバーグに生きる人々をリレーのように描写することで、近代資本主義下における街の雰囲気や時代観、人々の抱える葛藤を浮かび上がらせている。当時としては異質な、プロットではなくキャラクターを重視するスタイルを採っている点が特徴である。物語の中心となるのは、街の人々とのふれあいを通したジョージ・ウィラードの少年から大人への移り変わりだが、ただの成長物語(教養小説ビルドゥングスロマン)には収まらない魅力がある。 登場人物の多くは孤独な敗北者として描かれる。人生を様変わりさせたいという欲求を内に秘めながらも実現できずにいたり、狂気と表裏一体な信念や熱意を抱えていたりする。そのぎこちない生き方は愚かでありながらもどこか愛おしい。 22の短編からなる本作は「グロテスクなものについての書」から始まる。ここでは、愛や美といった真理はたくさんの漠然とした観念の集積物であり、真理を自分のものにした途端、人はグロテスクな姿になると語られる。言い換えれば、真理はある人の生き方の軸にはならないということである。 そうであるならば日々の生活の積み重ねにこそ真理が宿るのではないか。つまり、人々の生活の断片を集積した小説全体をもって真理を提示しようと、アンダーソンは試みたのではないか。 「神様の力」と「女教師」において、女教師がジョージに女性的な一面を露わにする一方で、牧師は彼女に宗教的な啓示を見出す。このずれは、一人ひとりが独立した存在であることを強調する。そのうえ、すべての出来事が一方向に絶えず流れていく時間のなかで並行して進行していることを示唆する。ジョージは「世間知」において、人というのは大きな歴史の中に生まれ死んでいく存在にすぎないことを悟る。そのとき人は初めて、生きる自由を獲得し、他者がそこに存在することへ敬意を抱くことができる。生きていること自体にあらかじめ意味が与えられているわけではない。だからこそ、考え方や感じ方次第で人生は変容しうるのであり、このことに気がついたとき、人は初めて自分の人生を歩むことができるのだ。 小島良一「不思議な美しい特質を汲みとる : Winesburg, Ohioにおける"The Book of the Grotesque"と"Hands"」『東北薬科大学一般教育関係論集』24巻, 2011, p. 37-54. 小島良一「仮面の陰で:Winesburg,OhioにおけるCurtis HartmanとKate Swift」『東北薬科大学一般教育関係論集』23巻, 2010, p. 1-24. 小島良一「[論説] 疎外と狂気:Winesburg, Ohioにおける"Godliness"」『東北薬科大学一般教育関係論集』27巻, 2014, p. 1-23. 小島良一「Winesburg, Ohio におけるElizabeth Willardと他の女性たち」『東北薬科大学一般教育関係論集』28巻, 2015, p. 105-119. 「『ワインズバーグ、オハイオ/シャーウッド・アンダーソン』資料ページ」『Sea Lion Island読書感想』2018. http://www.ne.jp/asahi/sealion/penguin/sp/book/winesburg.htm アサヒ 音楽と文学は色ガラス「モダニズムへの道を切り拓いた偉大な中西部小説『ワインズバーグ、オハイオ』アメリカンスタイルの教科書」YouTube, 2024. https://youtu.be/CjC9jZvhx0g?si=Ws-sjY2-uSI6UYh6 "Why Sherwood Anderson’s ‘Winesburg, Ohio’ Created an Uproar in His Hometown," Ohio Magazine, 2019. https://www.ohiomagazine.com/ohio-life/article/winesburg-ohio-at-100