吉沢久子、27歳の空襲日記

吉沢久子、27歳の空襲日記
吉沢久子、27歳の空襲日記
吉沢久子
文藝春秋
2015年6月10日
2件の記録
  • 「最新朝めし自慢」に吉沢久子さんが載ってたから吉沢久子さんのことが気になってこれ読んだ。 題名の通り、昭和20年頃吉沢久子さんは27歳で、助手を務めていた古谷綱武氏の留守宅を預かり、毎日阿佐ヶ谷から神田へ通勤している。入社一年目。 日中に空襲警報が来た場合、会社の地下に避難。警報解除されてもなかなか電車は動かず、動き出しても大混雑。→ありそー。 けれども空襲警報は大体が夜で、その場合防空壕(といっても軒先に掘ったただの穴)に避難。警報が解除されるまで落ち着かず眠れないが、翌日が平日ならなんとか出社する。→ありそー。 食料がない中だが、会社でちょっとした宴会などがあると若い女性である筆者が食事を用意する係。→ありそー。 っていうか遅延しても連絡できなくてもなんとか出社してみるという様はまったく変わらないんだなあ。すなわち、現代の社会に同じようなことが起こったらきっと我々は当時の人々と同じように行動するということか。 関係ないけどメモ。昭和20年5月25日に3月の東京大空襲に次ぐ大規模な空襲があったって、私は東京出身じゃないから知らなかったんだけど、私の大好きな狛江市のHP(とにかく昭和以降の市内の生活記録が充実)にもあった! https://www.city.komae.tokyo.jp/index.cfm/45,306,349,2101,html
  • Blue moon
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    2026年2月2日
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