グループと瞑想
2件の記録
いっちー@icchii3172026年2月3日読み終わった借りてきた瞑想的に生きる。 シリーズ1があまりに良くて続きを読了。1ほどの衝撃はなかったけど、私が野田節に慣れただけ説。むしろそれは良いこと。 とはいえ、やっぱりケースとかは衝撃で、友達に勧めたい本だった。 アドラー心理学と宗教の違い p162、164 「宗教というものは、どんな宗教であれ、宇宙の絶対の真理の存在を信じている。神と言うかたちで人格化されている場合もあるし、仏教の方(ダルマ)のように人格的な場合もあるけれど。 一方、心理学は絶対の真理の存在を前提にしていないか、あるいは暗黙の前提にはしていても、それは科学的な方法によっては知りえないと考えているか、あるいは知りうると考えていても、心理学の扱う対象ではないと考えているかのいずれかで、要するに絶対の真理とは関わらない。」 「宗教は、宇宙の真理は超越的なものであって、通常の方法では知りえないから、それを知るためには、何か超越的な神秘的な方法を使わなければならないと考える。(中略)心理学のほうは、少なくともアドラー心理学に関する限りが、神秘的な方法に頼ろうとは思っていない。合理的な、理性で理解できる方法の範囲内で動こうと思っています。」 1個目について、アドラー心理学は、独特の自由についての考え方があるから、宗教も、まったく個人の問題として捉えていて、信じるも信じないも別に構わないという感じ。 2個目は、科学主義?的なんだなと思いつつ、私もそっち側に立っている。
いっちー@icchii3172026年2月3日読み終わったグループセラピーについて。下火になってしまったけど、野田先生は好きでやっている。現実との落差が極端すぎると、実社会で通用しない。あくまでよきコモンセンスに則ってデザインしなければならない。 共同体感覚を育むためのグループセラピー 気分と感情は異なる。気分に対して感情的になる。「抑うつの感情さえ消えれば、抑うつ気分のほうはそう耐えがたいものではないようです」p89 不安は未来に対して、抑うつは過去に対しての感情。怒りは今。怒りは悲しみ。 変わった時に人は洞察する。 感情は、対人関係の中で使われる道具であり、しかも陰性の感情は使わなくても生きていけるので、別のレパートリーを使えるようにしてあげる。 瞑想とは目覚めていること。状況をちゃんと認知でき、目的追求をストップさせ(欲は捨てれないが目的は捨てられる。人生目標とは理想の自分のこと。劣等感は理想の自分とのギャップ。瞑想的になるとただの幻想だとわかる。)、他人や世界全体に対する態度が根本的に変わる。ライフスタイルも自分で選べるようになる。