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いっちー
いっちー
@icchii317
本の読める店fuzkueのファンです。シェアハウス歴10年。さいきん1人で住み始めてから家でも本が読めるようになってきました。
  • 2026年4月12日
    汚穢と禁忌
    汚穢と禁忌
    汚穢本の古典と聞いて。汚穢のリズムしか読んだことなかったけど、古典もやるかな〜。
  • 2026年4月5日
    [増補]お砂糖とスパイスと爆発的な何か
    聞いてるPodcastに出てきた。 例えば「おおかみ子どもの雨と雪」が、フェミニズム的には最悪な作品でも、それを観て感動した気持ちとは切り分けて良いという話。 https://open.spotify.com/episode/1NlZhb9phynYeCHSkbB6Me?si=OkAl7AXFSjebuTyjPXkTQg&t=1319
  • 2026年4月3日
    ふやすミニマリスト 所持品ゼロから、1日1つだけモノをふやす生活
    なんだか久しぶりになってしまって、引越しとかでバタバタ忙しかったんだなと振り返り。今日は急遽住所変更に行くことになり待ち時間で読む。 この人、油めっちゃ選ぶやん(笑)私だったらしょうゆになるだろうなぁ。一日1回はしょうゆを使うもんなぁ。 あと私は食器がおつゆ茶碗しかなかったから、引っ越しのときはまずご飯茶碗とマグカップを手に入れた。引越し前に買ってあったご飯茶碗は正真正銘、お気に入りのものを見つけられたし、マグカップももう引っ越した次の日に、骨董市に行って、見つからなくて、そのあとに何軒も走り回って選んだお気に入り。お茶を毎晩飲むから、絶対欲しかった。あとひとつくらいは増やしていきたい気持ち。骨董市でスープ皿も手に入れたから、ひとまずは満足している。平皿の優先順位は低い。 レシピ本を選んだのは、なるほど、少ないレシピで調理するためだったのか。 選ばなかったけど、ソファはやっぱり欲しいというのはいい話だと思った。 一番面白かったのは「掃除用具はリラックスアイテムでもある」というところ。なるほど、確かにものが少ないとそうかもしれない。今の自分は意外とものが多いのかもしれない。「面倒くさい、と思うことが減る」もそう。
  • 2026年3月6日
    ロッコク・キッチン
    明後日に参加することになった読書会のために、ポレポレ東中野で朝イチで映画を観たら(明日は予定があり下北沢K2では見れなかった)、サプライズ舞台挨拶があって、なので本を購入してサインを書いてもらった。 映画に主に取り上げられていたのは3人だったけど、生き様が、かっこよくて、ああ、人生の中に震災という出来事が起こった時に、どのようにして折り合いをつけたり、関わっていったりするか、絶望がすぐ淵にあるような場所で、それでも希望を見つけて生きている人はこんなにも美しいのかと。 映画にあった描写の背景を知れたりするのが面白い。みかんを紙の上に置いたのはいい感じの石がなかったからなんだ、とか(笑) 全然関係ない話だけど、さいきん、自分は人類学やりたいとか以前に、表現をしたいんだなと気づいてしまった。人類学をできない言い訳にしてただけで、ただただ書けばいいのだ。それに気づいたのは、読書会に参加することになってから読んだ川内有緒さんのnoteからだ。「世界はあなたを見つけない」と。本当にそうだ。恥ずかしいけど、私は見つけてもらいたかったのだと気づいてしまった。しかも何か意味のあることを生み出したいと思っていて、そんなときに人類学は都合が良かったのだ。ごめんね、人類学。道具みたいに扱って、誠実じゃなかったね。 「学者の書いたエッセイ」とかが好きで、それもその「意味ありそう」病だったけど、川内さんの「目の見えない白鳥さんアートを見に行く」とか、面白そうな問いを提示できれば、読みたいと思えるはず。ああ、編集者が欲しい(笑)
  • 2026年3月6日
    睡眠文化論
    睡眠文化論
    「はじめに」が最高すぎる。そうだよね、睡眠って仕事の質を高めるためのものじゃないよね、効率を求めるだけのものじゃないよね。何事にも文化はある、睡眠にさえも。 シエスタの例が出ててそれは昔授業で習ったはずなのに、そんなのは忘れて長らく自己啓発コーナーにある本しか手に取って来ず、ビジネス的な文化や、「あるべき睡眠の姿」(適切な寝具、適切な衣服、温度、湿度、etc)に絡め取られてきた。 もちろん睡眠は生理学的な現象だけど、少なからず文化の影響がある。ちなみにシエスタは昼がそんなに暑くない中南米でも行われているらしい。 日本人だから白ごはんが恋しいというのと同じように、うるさい方が寝れるとか、薄い布団でもへっちゃらとか、そういう慣れの問題も絶対あるよなぁ。
  • 2026年3月6日
    発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体
    『ヨガを科学する』の参考文献の『なぜシマウマは胃潰瘍にならないのか』で検索→プレジデントオンラインの記事から見つけた。 『なぜシマウマは〜』は古い本だけどタイトルがいい。「持続的なストレスがどのようにして重篤な心身疾患につながるのかを明快に検証している」とのこと。 古いから最近の本で調べていたらこれも良いかも。 友人が本当に考え方が生きづらそうだから勉強 私は私でこんな夜中に覚醒しててコルチゾール出すぎてる気がするので
  • 2026年3月5日
    恋愛社会学
    恋愛社会学
  • 2026年3月5日
    ホームレス文化
    ホームレス文化
    文章が上手。面白い。 食べ物のところを読んで、私自身は食べ物を好きなものを買って好きな量食べるから、食べ物と物を比較して考えると分かりやすかった。つまり、自分は物(家具とか)に対しては、もらいもののボロを使ってもいいと思ってるということだし、食べ物に関しては、もらいものだと都合が悪いと思っている。それに食べ物は日持ちがしないから、定期的にもらわないといけない。私はきっと空腹は耐えられない。 新宿駅に移った人は、テント村を追い出されたりして住んでいたと書いてあった。駅に住んでる人ってそんな感じなのかな。でも、駅の方が暖かくはあるから、もしかしたらその人もそれで体調が戻ったのかもしれない。 ホームレスの方も図書館を使うのだなぁと、素人すぎる感想。それに、パン屋に入ってふらっと購入したりも。著者の方のような人がお店に来たとしても、全然気づかないと思うなぁ。 坂口恭平さんの『都市型狩猟採集生活』のほうでは、職人みたいなホームレスがたくさん登場したけど、こちらは一般的という感じがしてなんだかホッとする。缶集めの人たちにとっても景気は関係するんだな。桁はニュースで見るものとは全然違う(小さい)けど、むしろ小さいからこそ大きな影響を受ける。 缶集めの人たちは失業しちゃうからアパートに移動しないなんて、なんだかなぁ。アパートと新たな職の選択肢を提示しないと解決しない。
  • 2026年3月4日
    ホームレス文化
    ホームレス文化
    『私の生活改善運動』のあとにこの本を読んだ人は他にいないだろう笑 たまたま参加する予定の読書会の課題本だったので読んでいるけど、対極なようで、実は共通点があるかもとか思いながら読むと俄然面白い。 p35で「物はいたるところに落ちている」というのと「物のやり取りによる関係づくりには誰でも参加できる」は「物」の持つ意味が『私の生活改善運動』とは全然違うことを表している。『私の〜』の方では、物に対して自分の心が動くことが大事?であり、アイデンティティの一部を託しているような感じ。自分らしさの一部。ファッショナブル。 ホームレス文化では、物は人間関係作りに役立つ。物の機能性を重視し、食べれたらOK、死んでないから栄養も足りてる。それも正しい。自分で実証している。 私もどちらかと言うと後者の考え方で生きていた。だからシェアハウスに長く住めている。 前回の本であんなに感動したのに、今回この本を読むと、実際のところ、物が有り合わせだと自分を大事にできない、は実は思い込まされているのだとも思う。 どちらかというと、忙しすぎることや、そもそも物が多すぎること、そして多少荒れることに対して責めてしまう自分の心が、生活が本格的に荒む原因なのではないか。 あと、p61でやっぱり下の世話は無理なんだなぁ。そこを金銭的に解決してくれる今の世の中は、とても恵まれている。
  • 2026年3月2日
    私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE
    むー、めっちゃ良かった。。。 一瞬、こういうのってステイホームから始まった、消費させるための流行りなのでは?と思ったけど(ステイホーム中もシェアハウスだったから流行りがあったとしても全く認知していない)、また読んでみて、いや、これは違う、と思った。もっと普遍的なものだ。 具体的な町、具体的なお店が出てくるから、確かに現在の話だけど、これは人間の生活という営みの話、自分で自分をケアするという話だった。 『庭仕事の真髄』、Xで見かけて図書館でまた借りてきてるやつあるけど、やっぱ読もうと思った。 この人みたいに生きたいなと思ったし、同時にお母さんのこともすごくいいなと思った。実際、一番沁みたのはそこだった。 お母さまに限らず、年配の人って別に何者かになりたいという欲望がない人が多い。私が「今日も何もできなかった」とバイト先の60歳のオーナーに言ったらきょとんとしていた。日々、淡々とやることをやっているだけで本当はいいはずなのだ。 でも、この著者は本を通して表現をしているのだと思う。私も表現をしたいタチだから、すごく憧れた。 でも、最近私も生活が荒れていて、何者かになりたいけど何をすれば良いかわからず、目の前のことに集中しきれていなくて、最悪だ、と思っていたけど、たぶん、まずは淡々と朝起きて、片付けをしていくところからなのだと思う。
  • 2026年3月2日
    体の居場所をつくる
  • 2026年2月26日
    スナック墓場
    短編集というだけでハードルが低くなって、結局読み終わっちゃう現象に名前をつけたい。 ミーハーなので直木賞のニュースで知った作家さん。しかもこれまたミーハーなので41歳から小説を書き始めたというのが希望だなと思って確か借りれる本を探したのだった。 「ラインのふたり」、表題作「スナック墓場」、そして「一等賞」読了。 背表紙の裏にラインのふたりと一等賞が注目されてると書いてあったのを、「スナック墓場」を読んだ後に見つけた。 「ラインのふたり」と「スナック墓場」はなんだか不思議な読後感だった。終わり方がなんだか不思議で、期待をわざとずらしてくるというか、でもなんとなくほっこりというか。それに対して「一等賞」はすごかった。短篇ベストコレクション2019に選ばれたらしい。主人公が子供だった頃の世界の捉え方の描き方も見事だし、何よりそんなことよく思いつくなっていう設定だし、笑える。これは選ばれるくらいだから、終わり方も他と違って?綺麗。結構心が温かくなって、いい作品に出会えたな〜という感想。
  • 2026年2月25日
    働くということ 「能力主義」を超えて
    うーん。読書会候補本ではあったけどこれは違うかな。働いている人で、能力主義に違和感がある人にとってはよくぞ言ってくれた!みたいな感じだと思うけど、あまりに著者の主張的、というか。そもそも私はあんまりちゃんと会社で働いた経験もないから、そうだよね、みたいな話だった。 多分、読書会に向いているのは主張的ではなくて、むしろ事実を淡々と書いているような本な気がする。事実の描き方はルポのようなラフなものでもいいし(ただしその場合はなるべく未知のものの方がよい)、研究成果としてデータを書いているものでも良い。要は、新しい考え方を持つきっかけになるようなもの。私のやってる読書会はそういう意図だからという前提ですが。
  • 2026年2月24日
    欲望会議 性とポリコレの哲学
    欲望会議 性とポリコレの哲学
    『格差の“格”ってなんですか?』にも出てきたオープンダイアログを、こっちでは批判している。 「自分の無意識に向き合うというよりは、無意識を拡散させ、霧散させる」「古典的な精神分析の立場から言えば、それは、自分の無意識と向き合っていないわけです。オープンダイアローグは、まさにSNS時代の、なんでもシェアするという状況た対応しているパラダイムだと僕は思います。」p268
  • 2026年2月24日
    欲望会議 性とポリコレの哲学
    欲望会議 性とポリコレの哲学
    p263にあった千葉さんのツイート。自覚がありすぎてつらい。あの子は、まさに「他の制度の中で主体化している人」であり、「自分の主体化の正当性を脅かされるような気になり、過度に攻撃的な態度をとること」まではないにしても、ジェラシーのような他になかなか抱かない感情が出てくる。仲がよくて、その人のキラキラした部分だけでないところも見ていても、そういう感情がたまにある。なるほどな。メタに見れば良い。世界99のことも思い出す。メタしすぎはそれはそれでデイズトピアのような気もするけど、あれは描き方の問題もあるのと、あとあの主人公は肝心の主体がなかったから、ディストピアのようになっていた。自分の身体性が今回の話の要だからな。 https://x.com/masayachiba/status/1049676932827103235?s=46&t=pJldM2CASAMBJLeo4bR5sg
  • 2026年2月24日
    欲望会議 性とポリコレの哲学
    欲望会議 性とポリコレの哲学
    最初にこれを図書館で借りて、あとから単行本を借りたら、文庫には増補版があるだけであとは内容が同じだということを理解して、増補版から読んだ。ら、あんまり内容が入ってこなかったので、単行本も目次を見ながら興味ありそうなところだけさらっと目を通してみたけど、同じくあんまり入ってこなかった。多分内容が想像より観念的でふわふわしているように思えたのと、あとは興味の移ろいが早くて既に自分のドーパミンがあんまり出なくなってしまったのと、今生理前で集中して読むというよりは、パンチラインがないと文字が入ってこない精神状態だから。 ただ最後のほうに自分にとってのパンチラインあった。読書会が終わって恋愛の好奇心が早々に薄れた代わりに、最近の自分のテーマである身体性に惹かれて。 「(千葉)#MeTooは、交換の論理なんですよ。言い換えれば、グローバル資本主義の論理であり、ドゥルーズ+ガタリの言葉を使えば「脱コード化」だということになる。コード化された傷つきが蔓延することによって、古い意味での非対照的で個人的でプライベートな傷と言うものがなくなっていく。それが前回話した身体の喪失ということですね。 (柴田)、自分のガワがないんですよね。境界線となる皮膚みたいなものがないから、#MeToo でみんなつながってしまう。皮膚や境界線があったら、「理解はできるけど、私とは違うな」と、同感はできるけど共感にはならないんですよね。SNS的な共感のつながりって、もう自他の認知がぐちゃぐちゃで、「私は子供の時にレイプされました」と言う人がいただけで、それを聞いた人は子供の時にレイプされていないにもかかわらず、「この傷は私のものでもある」となってしまう。事故の境界がなくて、もうスライムみたいに溶け出している。私は、「もうちょっと自分に引きこもれよ」と思います。 (中略) (千葉)個体が別々であると言うことが僕は重要だと思うんですが、最近の風潮ではそうではなく、何でもかんでもケアの関係で結びつけていこうとする。その中で、エロティシズムが失われていく。なぜなら、エロティシズムと言うのは、一定の防御壁を持っているものの間で展開される、ある種の暴力のドラマだからです。」(p261-263) ケアが流行ってる理由がこうして指摘されてて震えた。自他境界がはっきりしていない、身体性がないからこそ、必要以上に共感してしまっている人が増えているのではないか。それには弱さや、SNSの世界のような恐ろしさもあるはずなのに、ケアという聞き心地のよい言葉でくるみとられてしまっているのではないか。もっと危機感を持った方が良いかもしれない。かく言う自分も、頭でっかちで身体性があまりなく、坂口恭平氏の言うところの「躁鬱人」に相対的には近い。それはやはり少し危険なことな気がする。一方で、人よりも自他境界ははっきりしているとも言われる。もしくは、人との距離が少し遠い。それは両立するのだろうか。いずれにしても、前にシェアハウスに住んでたときはだいぶ「ケア」という言葉に凝っていたけど、でもその時は結局ケアについてなんにもつかめなかった。なのでこういう方向からケアを見通してくれるのはとてもありがたい。
  • 2026年2月17日
    私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE
    自分もちょうどこれから引越しなのと、一応まだシェアハウス暮らしなので家具をほとんど持ってなくて、そしてシェアハウス暮らしは生活改善運動とは真逆の世界線なので、数ページ読んだだけでも面白かった。カルチャーショックかも。私も、部屋に対して自我がなかった。(シェアハウスの、しかも相部屋では、自我を持とうとしたら発狂すると思う)頑張って、自我を持って、自分にとって好きだと思えるものを選んでいこうと思った。家電は人からもらうけど、家具は自分で選ぼう。いやー、だから、それこそ、お金がないのを言い訳に、自我を持つのを後回しにしてただけなのかもしれない。もらいもので生きてた。でも、自分の好きなものには、そのために頑張って稼ぐのに値する価値があるってことか。まじで、少しずつカルチャーショックがある。 あとは、家はかなりいい場所を見つけてて、庭付きで、眺めがまあまあ良くて(畑とかが見える)というのを共感した。でも駅からの距離とか、今までまあまあこだわってたけど、それは家から駅までの間をただの無駄な時間として捉えてたからだな、と思った。もっと豊かな時間として捉えれば良いのか。 あと住む街の決め方、この人は幸運だ。そんなふうに(作家として)、活動的な本屋さんと関わることって、二足の草鞋?で活動してないとできないことなので、羨ましい。妙蓮寺、行ったことあるけど確かにこじんまりしたいい街。
  • 2026年2月17日
    裸足で逃げる
    裸足で逃げる
    「ヤンキーと地元」の巻末の岸政彦さんの解説に、「打越正行と上間陽子は必ず一緒に読まれるべきだ」と書かれてたので。
  • 2026年2月16日
    格差の“格”ってなんですか?
    後半、面白かった。14章「本当に困っている人-絶望選手権と化す裏の顔」に、「「限られた原資」という問題設定が案外すでに〈「助け合わない」ことへのもっともらしい理屈〉になってしまっているのではないか?」(p152)とあって痺れた。そうかもしれない。そして「助け合い」の一歩は「かけ合う」ことなのだとも。 15章で、オープンダイアログとは権力勾配に加え、情報格差も排除したうえで行われる手法と書いてあってめっちゃ分かりやすかった。逆に、権力差を放置したまま「忌憚なき」対話を求めるのはかなり危うい、緊張感のある場になる。対話は時間差があってもいい。「対話」に隠れた特権性という話を読んで、ゆる言語学ラジオで紹介されていた「論理的基盤の文化的構造」(だったっけな、うろ覚え)を読もうと思った。日本の企業の文化における「対話」でしかないと思う。 就活についてぶった斬ってる章は前半にもあったけど、16章で「必要な問いは、「誰と誰、誰と何を組み合わせると、スゴい景色を皆で見ることができそうか?」だ。」(p176)とあってなるほど確かにとなった。社員の凹凸に合わせて、求める人材を見極めたいところ。ただ、やっぱりそういうのも含めてオールマイティな人が重宝しちゃう世界線になるのは分かる。 17章、ウェルビーイングをぶった斬ってくれてて気持ちがいい。笑 18章、勅使川原さんの本を2冊読んだインタビュアーが「これから必要なのは赦し、寛容な心だと思うのですが…」は地獄すぎた。その枠から外れよ!!!そのインタビュアーが、本当に分かってくれるよう願う。
  • 2026年2月15日
    自己否定をやめるための100日間ドリル
    最近は、1人で生活してるし、そんなに働いてもないから、だいぶ休めていて、苦手な朝も早起きしなくていい生活をしてるから、自己否定をすることはほとんどない。でも、なんでだが借りてきた。久々に坂口節を読みたくなったときに、最新刊なのにたまたま予約数が少なかったから借りてきたんだな、きっと。 目次をパラパラ見てみて、「元気なときの自己否定」というタイトルが気になってちらっと読んでみた。「もっとできる」は確かに自己否定、正確に言うと今の自分の否定に違いない。 あの坂口さんも、成長という病にかかっていたんだな。というか、他の思想が独特であんまり気付いてなかったけど誰よりも成長主義で、貯蓄主義というか、自分の手一つで生きていく、みたいな気概がすごかったよな、確かに。鬱になってもただじゃ起き上がらないみたいな、鬱になりながらも書いたり、料理したり、自分の人生を丸ごと全て作品にしてしまうような芸当は坂口さんくらいしかできないけど、きっとそれは苦しいことでもあっただろう。そういう意味で、ある種の危うさがあった。「絵を毎日描くと決めてたけど、やりたくない日は描かないことも増えた」、みたいなところを読んでなんだかほっとした。坂口さんがそういうことを選べるようになって良かった。
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