論語 増補版 (講談社学術文庫 1962)

49件の記録
miko@miko882026年7月3日読んでる@ 自宅名 (文字・記号) が正しくないと、言 (言葉・論理) が妥当でない。言が妥当でないと政治が達成されない。政治が達成されないと規範が盛んとならない。規範が盛んにならないと刑罰が妥当ではなくなる (行き過ぎになる)。刑罰が妥当ではなくなると民は安息しない (なのでまずは名を正さなくてはならない)
miko@miko882026年6月19日読んでる@ 自宅あとわずかの行程で完了するところを、そこでやめてしまったのであれば「やめた」ということに変わりはない。長い行程の事柄を行うとき、わずかでも進めたのであれば、それは「進めた」ということになる
miko@miko882026年6月13日読んでる@ 自宅勇を好む人は、自分の生活に不満があるときに反乱を起こし、他者に厳格な追求をして逃げ場をなくし騒乱を起こす 才に優れていても高慢でケチな人間はおしまいです (孔子のもとで) 3年間学んで俸禄を得なかった者はいない 国に人の道が行われているとき退いて暮らすのも、人の道が行われていないときに富んでいるのも恥である その地位にないのであれば、差し出がましく口を挟まない
miko@miko882026年6月11日読んでる@ 自宅仁 (人の道) を己の任とすることに終わりはなく、度量と強さを要する 人々を政策に従わせることは出来ても、その意義や目的を理解させることは難しい
miko@miko882026年6月8日読んでる@ 自宅驕り高ぶると不遜となるが、倹約すぎても頑迷になる。ただし不遜になるよりは頑迷であるほうが (他者に迷惑がかからないぶん) マシである 教養人は公平でゆったりしており、知識人は他者の上に立とうと忙しない
miko@miko882026年6月5日読んでる@ 自宅仁徳は難しいものではなく、志せば直ちにその境地に達する --- 仏教における「心にそう願ったとき、もうその境地に至っている」に類似する、という注釈を見てプロシュートの兄貴が脳裏を掠めてしまいもう駄目
miko@miko882026年6月4日読んでる@ 自宅問題について本当に理解する前に新説を作り出すのではなく、その前に可能な限り多く学び、これぞというものに従い、理解の前段階として多くの資料にあたり記憶するということがある --- マジで耳が痛い
miko@miko882026年6月3日読んでる@ 自宅自分を含めて3人が同行するとき、善いにしろ悪いにしろ必ず師となる人がいる 自己・形式→文(知識や学問)/自己・内容→行(道徳や教養)/他者・形式→忠(まごころの表現)/他者・内容→信(まごころの実質) 知識人: 知識・学問を学んだ人 教養人/君子: 知識・学問に加えて道徳を備える人 聖人: 君子が、さらなる修養により究極に至った人 善人: 生まれつき他者によい影響を与える人柄の人、修養がないため聖人よりは下と見る
miko@miko882026年5月30日読んでる@ 自宅弟子の心に、求めるものがあってもはっきりしないときは、はっきりと示してやらない。求めるものがわかっても表現できないときは、引き起こしてやらない。一部から全体を掴もうとしないなら、一部を二度と教えない 大きく儲けられるなら下働きのような仕事もするが、儲からないなら、貧乏でも好きな道に没頭したい --- ちょいちょい孔子ですらそう言うなら自分なんて尚更だよ~みたいなやつ出てくる
miko@miko882026年5月28日読んでる@ 自宅仁者は近くに類型を実現させようとする (己を世に示そうとするならばまず他者をそのようにし、己が目的を遂げようとするならば先に他者をそのようにする)
miko@miko882026年5月27日読んでる@ 自宅道理を理解しただけでは実践することに及ばず、道理を実践するだけでは道理の境地にあることに及ばない 知者は規範を身につける努力をして尊ぶべきを俗化しない 仁者は過程を第一、結果を第二とする 知者は活動的で楽しみ、仁者は静止的でつつがなく生きる
miko@miko882026年5月26日読んでる@ 自宅中身が外見を超えると下品である。外見が中身を超えると定型的で無味乾燥である。教養人は中身も外見もほどよく備わっている必要がある まっすぐ生きるべき。そうでなく生きたのは、運良く失敗をしなかっただけ
miko@miko882026年5月21日読んでる@ 自宅君子は相手が困窮しているときには手厚く援助し、豊かであるときはわざわざ継ぎ足さない 俸禄の相場通りでおるならば断るべきではなく、多いと感じるなら困っている者に分ければよい
miko@miko882026年5月16日読んでる@ 自宅教養人の資質: 他者を敬い、主君に対して出過ぎず、人々の幸福を第一にした政を行い、法は厳正に執行する 真心だけ、清廉なだけでは人格者とは言えない
miko@miko882026年5月5日読んでる@ 自宅古い時代の人々が軽々しい発言をしなかったのは、実践できていないことを心得ていたから 貧困ならばもう失うものはない 主君とすぐ仲良くなろうとすると (敬意が軽んじられて) 罪を得やすく、友人とすぐ親しくなろうとすると逃げられる
miko@miko882026年5月3日読んでる@ 自宅地位がないことを憂うのではなく、世に出る理由/資格がないことを憂う。人が己を知らないことを憂うのではなく、知るべきことを成すようにありたい 君子は道理を、小人は利益を理解する
miko@miko882026年5月1日読んでる@ 自宅志を立てた結果として不遇なことがあったとき、その不遇を嘆くのは語るに及ばない 教養とは道理に従うこと 教養人は善く生き、責任を取る。知識だけある者は安泰と目こぼしを願う 利益打算で行動すると恨みを買う --- 君子 (教養人) →立派な人、徳と知識を兼ね添える人 小人 (知識人) →つまらない人、己の利益のために知識を求める人 こんなかんじか……?
miko@miko882026年4月28日読んでる@ 自宅仁を好む者にかなうものはなく、不仁を憎む者は不仁を身に入れないようにする。1日の力を仁に用いることに努めてみることが出来ない人間はいない (「仁」の意味をよくわかっていないになるな……) 過ちはあるものとして、その処理に人間性が出る 「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」
miko@miko882026年4月27日読んでる@ 自宅不仁者は長く貧しくさせても、長く豊かいさせても望ましくない。仁者は自分の境地に満足し、智者はそれを活かす 仁者のみが (平等ゆえ) 人を見極めることが出来る 君子はいつでも正しい在り方に違うことはない (貧富も正しい結果の先にあってこそ)
miko@miko882026年4月25日読んでる@ 自宅君主が臣下に接するには礼を以てし、臣下が君主に接するには忠を以てする→礼と忠の意味合いが色々ありそうなんだけれど総じてまごころをもってという話? 「できたことは仕方がない、済んだことは注意しない、過去はとがめない」




