ためらいの倫理学: 戦争・性・物語

ためらいの倫理学: 戦争・性・物語
ためらいの倫理学: 戦争・性・物語
内田樹
冬弓舎
2001年3月10日
1件の記録
  • テキストに出てきた内田樹氏の文章を読んだ息子が他のも読んでみたいというので図書館で借りてきた。 知識人の言説をバッサリ切る小気味良さで読み進めちゃえる気もするけど、これ中学生が理解できるのかな🫨読解問題ずいぶん難しいの読んでるんだな。。。 民族誌的奇習という言葉が印象的だったのでそのくだりをメモ: たぶんそれは「よく分からない」ことについても「よく分からない」と言ってはいけないと、彼らが教え込まれているからである。「よく分からない」と言うやつは知性に知けているとみなしてよいと、教え込まれているからである。 反対側から言えば、ある種の知的努力さえすれば、どんな複雑な紛争についても、その理非曲直をきっぱりと判定できるような俯瞰的視点に達しうる、と彼らはじている。だからこそ、どんな問題についてもつねに「きっぱりした」態度をとることが強く推奨されるのである。アメリカではそれは十分な「知的努力」を行ったことのしるしであり、そうすれば「賢く」みえるということをみんな知っているからである。 これは私に言わせれば、かなり特異な信憑の形態である。民族誌的奇習と言ってもいい。こういうものを「グローバル・スタンダード」だと言い募る人に私はつよい不信の念を禁じ得ないものである。(p13)
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved