

食いしん坊ちぇりぃ
@yummyyummycherry
読み終わる本は読み始めた本のうち3冊に1冊。すぐ別の本に浮気します。
私はどうしたって私1人分の人生しか生きれないから、本を通じてちょっとでも他の視点からものが見られるようになりたい。
いつもゴハンは食べすぎているし、いつも本を買いすぎている。
- 2026年4月9日
かちかちやま松谷みよ子読み終わった次男とお散歩中に『かちかちやま』の話になり、なんかやたらと残虐な話だった気がするけど詳しい内容は忘れたなぁ、となり図書館で借りてきた。 寝る前のこどもに絵本を読んであげるなんて何年ぶりだろうと懐かしく思いつつ久しぶりに読み聞かせたんだけど、1番衝撃的だったパートは描かれてなかった気がして…。調べてみたら、【たぬきがおばあさんを撲殺したあと、何も知らないおじいさんにばばあ汁にしたおばあさんを食べさせた】という描写がこの絵本からは抜けていたの。確かにね、絵本だしね、流石にね😇でもこの絵本、挿絵が激しかったわ。 ちなみに『かちかちやま』を読む前に息子が読んでいたのは『九龍城砦外伝信一伝』でした📕
- 2026年4月8日
ちょっと開いたテキストに出てきた内田樹氏の文章を読んだ息子が他のも読んでみたいというので図書館で借りてきた。 知識人の言説をバッサリ切る小気味良さで読み進めちゃえる気もするけど、これ中学生が理解できるのかな🫨読解問題ずいぶん難しいの読んでるんだな。。。 民族誌的奇習という言葉が印象的だったのでそのくだりをメモ: たぶんそれは「よく分からない」ことについても「よく分からない」と言ってはいけないと、彼らが教え込まれているからである。「よく分からない」と言うやつは知性に知けているとみなしてよいと、教え込まれているからである。 反対側から言えば、ある種の知的努力さえすれば、どんな複雑な紛争についても、その理非曲直をきっぱりと判定できるような俯瞰的視点に達しうる、と彼らはじている。だからこそ、どんな問題についてもつねに「きっぱりした」態度をとることが強く推奨されるのである。アメリカではそれは十分な「知的努力」を行ったことのしるしであり、そうすれば「賢く」みえるということをみんな知っているからである。 これは私に言わせれば、かなり特異な信憑の形態である。民族誌的奇習と言ってもいい。こういうものを「グローバル・スタンダード」だと言い募る人に私はつよい不信の念を禁じ得ないものである。(p13) - 2026年4月7日
SPY×FAMILY 17遠藤達哉読み終わった買ったアレコレ本を手に取っても上手く読み進められず…春休みで子供達の対応時間が増えていたので本を読んだり映画を見たりにマインドを割くキャパがショートして、数週間仕事と育児しかできなかった。某新書じゃないけど、なぜ子供を世話していると本が読めなくなるのか状態だった。 リハビリには漫画。 17巻はドナちゃんが表紙。 オーセン教授の裏の顔気になるー! ビル6才いつも同じ角度の扱いだけど笑うー。 私も頑張ってるのでステラください。
- 2026年3月26日
読み終わった買った本屋さんでタイトルを見て「あ、わかる」と思わず手に取った。著者はドキュメンタリー映画『小学校〜それは小さな社会〜』の監督山崎エマさん。 ミックスルーツの方ならではのご苦労、とにかくみんなと同じになりたかったという切実さが身につまされた。 私自身、日英米3カ国にまたがって教育を受けてきたので、異なる教育システムを行き来する中で、直後に受けるカルチャーショックや、順応するための努力、環境に合わせて自分の性格も言動も七変化して色んなバージョンの自分がいること、たまに出すバージョンを間違えて失敗してそこからまた自分を抑えて進化していくというところなど、とても共感。 山崎さんは、日本の教育を変えるとしたら中学以降の教育課程で「個としてのあり方」を強化すべく見直したら良いのではと提言されていて、これは彼女自身が日本の小学校を経て中学からインターに行って両方の教育システムの「いいとこ取り」をしたと肯定的に捉えていることが背景にあるのかなぁ。英米の中高を経た私が子供を通じて初めて知る日本の公立中学の教育は小学校同様とても魅力的に感じているので、是非中学校にも足を踏み入れて知ってもらいたいなと思いました😊 **4月9日追記** 本の感想を音声配信しています#29(link in bio) - 2026年3月25日
平場の月朝倉かすみ読み終わった責任にとらわれ、正しさに縛られ、互いの人生に入り込みきれない2人の関係は「大人の恋愛」という言葉では表すことができない何か別のものを感じさせられた。 手に取った時はあっという間に読み終わりそうと思ったんだけど、ボリュームのわりに思いのほか時間がかかったなー。青砥と須藤の苗字呼び+羞恥心がまるでないかのようなあけすけないじり合いからは中学時代のフレッシュでドライな男女の友人関係を感じ、少しずつ関係性が深まっていく様子や、病の登場後も胸がじんわりあたたかくなるシーンもあって、“平場の幸せ”を感じた。でも、物語の冒頭で時間経過と共に須藤の死が近づいていくんだという結末がわかってるだけに読み進めるのを躊躇ってしまいちょこちょこしか読めないというあまり経験したことのない読書体験だった。 青砥はな、、須藤にとってはイイヒトなんだけど、時折差しこまれる妻との回想で本質的にイイヒトというわけでもない感じが出ていて、だからいまいち信用できないな…一過性の熱で気持ちが盛り上がっちゃっているだけなのでは…という視線を彼に送っていたら肝心なところを踏み外しちゃって、なんか名前の通りあおいんだなと思った。 須藤の方はと言うと、生き方と過去にギャップがありすぎて私の人生経験が足りていないからか、キャラクターの同一性に欠ける気がして、後半語られる自己嫌悪の話がすんなり入ってこなかった。一気読みしてたら雰囲気で行けた気もするんだけど。人間らしいってことなのかな…あんな振れ幅の大きな人生送る人もいるのかしらね。青砥側の目線の方が多い語りだったけど、「冷静と情熱のあいだ」みたいな感じで、両方の視点からで読めても面白い設定だったかも。 あと、「マチネの終わりに」を読んだ時も思ったんだけど、愛し合う2人がミスコミュニケーションですれ違うっていうのが大人の恋愛ものにはよく出てくる気がして、そうでもしないと別れの動機付けができないのかもしれないけど、なんかこうリアルの男女はもっと傷つけ合いながらも曝け出して話し合いを尽くしたりして泥々になる気もするから「実はこのクリティカルな情報が伝わっていなかったのです…!!」というカラクリはなんかお話感がそこで急に出ちゃって一気に目が覚めちゃう気がするの。 - 2026年3月17日
読み終わった藤田壮眞さんこの本を書いて、見えている世界をシェアしてくださって、本当にありがとう…うまく感想は出てこないけど一気に読み終えた今、ただただ感謝。 「あるとき自閉症のわたしが見る世界と、定型発達の人が見ている世界が違うと知った。確かに世界の軸がずれてしまっている感覚はある。だけど、みんなが思うほど大幅にはずれていないのだ。この絶妙に奇妙な風景を伝えたい。旅行に出掛けたら、その風景を誰かに見せたくなるように。見たことのない柄の猫に出会ったら、思わず写真を撮ってSNSに投稿してしまうみたいに。わたしの話は、そんな気持ちで公表している。」(p219) 本文のあとに筆者のお母様が書かれた文章はなぜか読みながら涙が止まらなかった。 - 2026年3月14日
1945年のクリスマス: 日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝ベアテ・シロタ・ゴードン読み終わった「一九四五年時点での連合軍総司令部の仕事は、おおざっぱに言うと、日本の軍事的な力を破壊して再び軍国主義化しないようにすることと、日本を民主主義国家として世界に通用する国に作り変えることの二つであった。民政局は、その後者の仕事をとりしきる立場にあった。」(p44) この民政局の一員だったベアテ・シロタ・ゴードンさんの自伝。内田舞さんの『ソーシャルジャスティス』で紹介されていて気になり読んでみた。 ベアテは日本国憲法のGHQ草案に女性と家庭の条文を書いた人物で、条文に込められた理念やGHQ内部事情が興味深い。でもそれ以上に、ファミリーヒストリーやピアニストの父に同行して5歳で来日してから10年間日本で暮らしていた少女時代の思い出話に惹きつけられた。最近よく聞く“家庭の文化資本”という言葉の具現が垣間見られて。彼女がかつて暮らしていたという赤坂の洋館は空襲でなくなってしまっているけど、神戸や横浜の異人館を昔眺めた時にどういう人がここに住んでいたのだろうかと頭に浮かんだ問いへの答えが書いてあるような気がする。読み途中の記録。 **追記:結局読むのをやめられず1日で終わった** この本の構成・文章化を担った平岡磨紀子さんの「あとがきにかえて」を読んで、他国の憲法と比べても日本国憲法は全条項のうち人権条項が占める割合が大きいことや、欧米諸国と比べても当時ベアテが書いた「男女平等」の条項が憲法に入っているのは相当進歩的だったことを知り、余計にこの一節が沁みた。 「とにかく、戦勝国の軍人が、支配する敗戦国の法律を、自分たちに都合よくつくるのだなどという傲慢な雰囲気はなかった。自分たちの理想国家をつくる、といった夢に夢中になっていた舞台だったような気がしている。」(p177) - 2026年3月12日
マカン・マラン古内一絵読み終わった語り口とマカン・マランの設定とシャールさんの魅力で物語に惹き込まれていった。私もシャールさんのお茶いただきたい。タイプはたぶん柳田と同じ(ヤダ🥹)だから、プーアール/ミント/大麦/もちきびでお願いしたいです。 4つの短編のうち、塔子やさくらパートのところは職場の女同士の分断について際立って解像度高くディテールが書き込まれていて、柳田や黒光ところはなんかサラッとしていて、これは作者が勤め人経験がある女性だからなのかしらと勝手に想像したり、、、男性の登場人物は反目していてもラストは関係性がカラッと良くなり終わってて、女性の方は決別したり諦めて割り切ったりの落ち付け方になってるところで、なんというか女の救いの無さをちょっと感じて、バランス〜とか思うなど。あと、フリガナがちょっと多過ぎです。 - 2026年3月6日
ランチ酒原田ひ香読んでる若い頃、泊まり明けの昼間はいつも飲めるお店を探して彷徨っていたので、食べものとお酒を口に入れた時の心が満たされる感じや幸せな気持ち、わ・か・るー!!と思いながら読んだ。 でも、なんだかリアルに想像できる食べ物や食事処とは対照的に主人公やまわりの登場人物の掴みどころのなさというかリアリティをうまく感じられないギャップがあるような印象も受けて、読むのがゆっくりになっちゃった。一人称の文体だと、その人のこと好きになれるか友達になりたいか興味を持てるかで読み進みやすさが変わるよね。 - 2026年2月27日
読み終わった借りたら手元に置きたくなったので買ったたまたま図書館で見かけて手に取って読み始めたら、思わずノートを取りたくなり借りた。日本語だとまだ馴染みのない概念が分かりやすい具体的な話とともに書かれていて学びが多い。 建設的な議論を阻害する側の心理操作や論理のねじれの種類、マイクロアグレッション、ラジカルアクセプタンスの辺りをノートにまとめた。アンテナに触れる引用を記録し始めるときりがないので、買ってハイライトした方が良いね。ポチ。 コロナ禍に自分では理解が及ばない分野について、著者の科学的な知見に基づく発信を判断材料にしていたのを思い出し、当時彼女に向けられていた誹謗中傷等をご本人がまさに“再評価(Reappraisal)”してこの本の上梓に繋がり、それを読んでまた学びが得られるなんて心から感謝したいなと思った。 ただ、タイトルと写真と肩書きの噛み合わせが手に取らせにくいというか、表紙のデザインが中身を読んだ人にだけ刺ささる作りになっていて、タイトルも何を読ませてくれる本なのかわかりにくく、初見の読者への惹きが弱いかなとは思った。これは著者というより出版社マターだろうけど、そこで損しちゃっててちょっと勿体無い気がした。 - 2026年2月20日
きのう何食べた?(25)よしながふみ読み終わった買った真似したいシロさんが食べ盛りの子供がいる家庭の苦労に思いを馳せてくれてる😭 ジルベール実家でごはん可愛い😍 らっきょうのタルタルソース私も好き🥺 父と息子のはずまないTV視聴時間😂 肉団子スープ🤤 シロさん「全俺が泣く…‼︎」って言ってる🤭 とりあえず今夜はカブのスープ真似しよ🍽️ - 2026年2月19日The Remains of the DayKazuo Ishiguro読み始めた一人称が…Because the only butler I know is Mr. Carson from Downton Abbey, my brain somehow cannot help but read this novel in his deep slow tone…It’s making me take more time than usual, so I really would like to stop but can’t😂 Even so, I’m glad I watched the whole series, which has educated me about butlers and maids. Stevens just left for his motoring trip, so there’s not much to say about this novel at the moment, but will see what his trip brings. **20th Feb** Having read below quote, I recalled my mother nodding to herself when we first visited rural area in UK. She said she had read passages from novels describing sceneries of Britain and had always wondered what it actually looks like and it seems like the pieces finally got together. “What I saw was principally field upon field rolling off into the far distance. The land rose and fell gently, and the fields were bordered by hedges and trees. There were dots in some of the distant fields which I assumed to be sheep.”(p25)
- 2026年2月17日
戸越銀座でつかまえて星野博美読んでる羨ましい家族全員なんの予定もない週末。 我が家で大人気の過ごし方は 元気なら戸越銀座での食べ歩き散歩で 疲れてたらスーパー銭湯。 わざわざ電車を乗り継いでまで行きたくなってしまうあの戸越銀座の出身だなんて!羨ましい!この本で書かれているのは戸越銀座での著者の自由な日々。払わなければならない代償も大きそうだけど、安定や計画性から離れ自由を尊ぶ生き方も羨ましい。同窓会のくだりが面白かった。ひねくれすぎてて。 同じ著者の『転がる香港に苔は生えない』を読んだ時も彼女の目に映る香港の街並みや、過ごした時代に羨ましさを超えて嫉妬したんだったな。 この本でも商店街でのお買い物のくだりで香港のこと思い出す記述があったので抜粋。 「これはなつかしい感覚だった。どこかで体験したことのある感覚だ。どこだったか……商店街を当てずっぽうに歩くうちに思い出した。 そうだ、香港や中国でだった。 香港や中国では、商人は無垢な消費者をだましてもよい、という暗黙の了解があった。何も言わなくてもだまされないのは、人脈の輪の内側にいる顔見知りの人間だけ。内輪の人間はいくらでも優遇するが、輪の外の人間はいくらでもだましてかまわない。消費者はだまされたくなかったら、長い年月をかけて人間関係を構築するか、あるいは選別眼を磨いて日々商人と闘うしかない。要は、だまされるほうが愚かなのだ。 私は物理的には故郷に戻ったけれど、現実にはアジアの見知らぬ土地へ移り住んだ旅行者と同じ立場なのだった。 母が構築した商店街での特権的立場は、長らくこの世界から離れてしまった私には世襲されない。どうしても優遇されたければ、これから腹をくくって二、三〇年はかけなければならないのだろう。」(p52) - 2026年2月15日
- 2026年2月14日
一冊でわかる東欧史関眞興読んでる挫折するかも難しいだ、、だめだ、、、難しすぎる😱 去年このへんの本 『革命前夜』 『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』 『夜と霧』 を読んだときに、東欧の近代史、社会主義や人民民主主義について少し勉強してからもう一度読む方がより理解が深まりそうだなと思ったり。 「ポーリッシュポタリーとかチェコのガラスボタンとか東ドイツの古い植物図鑑とか、なんかとにかく東欧の雑貨にわけもなく惹かれるし」と思ったりして、てはじめにこの本どうかなと借りてみたものの、国も民族もそれぞれが辿る歴史もあまりにも複雑すぎて前半はほぼスキップしてしまった。第二次世界大戦以降だけでも、なんとか頑張って読み切りたい…。 - 2026年2月10日
イン・ザ・メガチャーチ朝井リョウ読んでる食べた辛ラーメンアレンジの描写があり、無性に食べたくなっちゃってスーパーに走った。辛いの食べるとおなか痛くなるのに🥲誘惑に抗えなかった報いをいま受けている😱 なんだかまだ話が転がり出さなくて登場人物それぞれの生活の一部を断片的に垣間見るにとどまってる。展開が1番気になるのは冒頭の父親。娘の方は相手をみて出方を変えるタイプなのかな…すごく苦手なタイプだけどこのくだりは共感できた。 「何かを学んで視野が拡がった後はいつだって、視野が拡がったという満足感を味わいながら、拡がってしまった視野を元に戻す作業が必要になる。視野を拡げたことで見つけた正解はあまりに正解すきて実践し続けることが難しいので、知ることが大事、まずは知ることからと唱え続けることで不正解を馴染ませる準備運動を始めなければいけなくなる」(p120-121) あら…父が仕掛ける側、娘が沼る側になる気配。。。推し活民ではない私から見るとスロースタート感があったけどここから面白くなりそう。 **2月12日追記** 終わり方がドラマチックで情景が目に浮かんだ。やっぱり主要キャラクターの中で展開的に1番面白かったのは父親だったな。 娘の方はちゃみする化するまでは、誰と一緒にいるかで同一性がブレる気がした…というか、意図的にそういう“自分がない”キャラクターとして描いたのかな。冷めているのかクヨクヨしているのかメンタル強いのか弱いのかよくわからないめんどくさい子だったな… 国見さんのこの台詞が印象的だった。たぶん私はいまのところこっち側だから。 「でも、どの物語にも呑み込まれない人生って、間違いはしないけど別に楽しくもないんですよね」(p440) **2月25日追記** 本の感想を音声配信しています#24 (link in bio) - 2026年2月8日
きのう何食べた?(21)よしながふみ持ってる教えてもらったコメダでたっぷりタマゴのピザトーストを頼んた。到着したものを見て長男が「ケンジが真似してたのこれか」と。 おうちに帰って21巻ピザトーストのエピソードを読み返したら、確かに🫨こんなギルティなものおうちで作っちゃうなんて愛が深いわね、ケンジ。
- 2026年2月7日
どうすればよかったか?藤野知明読み終わった買った覚えておきたい@ ポレポレ東中野気になっていたものの受け止められるのか不安で鑑賞できないままになっていた映画がアンコール上映されるという情報をReadsの新着フィードで見かけた。予定外に時間ができた日に思い切って鑑賞。映画館で映画と同じタイトルのこちらの本を購入したら舞台挨拶にいらしていた監督で著者の藤野氏がサインをして下さった。 本単体というより映画とセットになってしまうけど、鑑賞後・読了時点の印象/感想を記録。 ⚫︎ 映画にも本にも冒頭に制作趣旨が示されていて、意図された観方ができたか自信がない。原因はわからないのだと、発症についての責任は誰にもなく、対応の不適切さが問題なのだと問題を分解、分離して捉える監督の冷静な眼差しが、家族と向き合った長い長い時間を感じさせてなんとも言えない気持ちになった。 ⚫︎南京錠をかけた家に統合失調症の娘を閉じ込めたという両親の対応はそれ自体ショッキングで、それと同時に象徴的にも見えた。記録されていた映像や本に書かれた内容を通じて、両親から娘への声掛けや言葉からは、目に見えない鎖のようなものも感じたから。両親の行動や判断の根底には「良かれと思って」があるのだと推察されるけど、本に監督が記している通り「間違わない人はいない」。映画の中でも監督は第三者の介入をすすめていたが、子育て中の身としてその視点を覚えておきたいと思った。親が子供に与える影響力は自分がこれまで想像していた以上に大きいこと、家庭の問題を家庭内だけで解決しようとしないこと。 ⚫︎統合失調症の方との暮らしを断片的にでも知った上でこのタイトルの問いについて考えるためには、本だけでは不十分で映像視聴が不可欠だと思った。音と映像が伝えられる情報量というか力は文章を簡単に超えていくんだな…ただ、この映画の制作におけるナレーションや音楽、テロップに関する方針などは本を読まないと分からないので、相互補完関係になっていて未見の人には映像も見て本も読むというのを推奨したい。 **2月20日追記** 映画には登場しなかったエピソードが本には書かれていたのですが、映画にそれを含めなかったんだなぁと思うなどして、監督のドキュメンタリー製作者としての矜持に触れたというような話を音声配信でしています。 https://stand.fm/episodes/6996a5693443a47fa55166c9
- 2026年2月5日
消費される階級酒井順子流し読み身分や階級みたいなわかりやすい序列がある方が、色んなことをそういうものだと諦められて上昇志向がない人にとっては心理的に楽だったりしそう。でも、そんな社会的な階級は今はもう表面的には無くなっていて、ではどうなっているかというと色んなところで別の軸の勝ち負け/上下を決めるミニゲームが勃発してるんだということが分かる本だった。 何かデータ的な根拠があったりはしないけど、多くの人がうんうん確かにそうかもと頷ける着眼点が面白い。こんなことで上か下か決まるなんてホントしょーもないなと読みながら呆れつつ、人間ていうのは序列から逃れられない業を抱えている謎の生き物だなと思った。 - 2026年2月4日It Ends with UsColleen Hooverかつて読んだ思い出した小さいけど店主の想いが詰まってそうな素敵なフラワーショップの前を通ってこの本を思い出した。お店の壁も天井もダークでシックで、だからこそ色とりどりの華やかなお花から目が離せなくなるような。この本の主人公リリーのお店のイメージだった。 こちらの本、装丁やストーリー冒頭の甘くロマンチックな描写が全て本題を上手く覆って読者をよりシリアスな問題提起へと導くためのシュガーコートになってる。 世の中からは見えない家庭という密室で連鎖しがちな家庭内暴力や育児放棄から登場人物が脱却する物語。「DV?逃げてシェルター避難でもすれば良いじゃん」と思っていた私は、物語を通して当事者の心理や認知の状態を垣間見て、そんな単純な話ではないのだなと知った。
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