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食いしん坊ちぇりぃ
食いしん坊ちぇりぃ
食いしん坊ちぇりぃ
@yummyyummycherry
読み終わる本は読み始めた本のうち3冊に1冊。すぐ別の本に浮気します。 私はどうしたって私1人分の人生しか生きれないから、本を通じてちょっとでも他の視点からものが見られるようになりたい。 いつもゴハンは食べすぎているし、いつも本を買いすぎている。
  • 2026年7月9日
    ブルマーの謎
    ブルマーの謎
    図書館でタイトルを見て「それな!謎すぎ!」って思って借りた。 この本によると、学校の体育で女子が密着型ブルマーを着用させられていたのは1965年頃からの約30年ほどらしい。私はちょうどその期間と小学生時代がかぶってしまっていて、確かにブルマーを履いて体育をしていた。小4くらいからは着用に対してはっきりとネガティブな気持ちを持っていた記憶がある。中学は海外だったのでブルマーからは解放された。なんで日本では下着姿同然で体育してたのかなと不思議に思ったし、大人になってからも、なんであの頃あんな格好させられてたんだろうと妹や友達との間で話題になったこともある。 本を読んだ私の理解によると導入と普及のきっかけは ▼ 密着型ブルマーの前に使われていたちょうちんブルマーより機能性の高いウェアを教育現場が求めていたこと、 ▼東京オリンピック開催時のテレビの普及で、身体のラインが露わなユニフォームを着用した女子選手を多くの人が観て、そこに美と健康を結びつけるマインドを一般の人が持つようになり受け入れやすい土壌ができたこと、 ▼販路を拡大したいメーカーのビジネス的な側面 好意的に受け入れる人もいたものの、導入時から嫌悪する声も多く、そのうち性風俗産業に取り込まれ売買の対象になるようになる。ただそれでも学校現場はブルマーを廃止しようとしてこなかった。 そんな中で消滅のきっかけは ▼セクハラ概念の一般化 ▼生徒側の人権意識の向上 ▼ シンガポール日本人学校に赴任した体育教師がブルマー着用を生徒の反発を押し込めて強制したことをメディアが取り上げたことでブルマー廃止に加勢する方向で世論が形成されていった ということみたい。 個人的に最大級に謎だったのは、あんな明らかに恥ずかしい格好をさせてこようとした学校(国)側が、女子にその姿を強制したがる背景にどういう意識があったのか、ということなんだけど、それについては以下引用のように言及されていた: 敗戦後、GHQに押し付けられた男女平等や教育政策のおかげで、戦前までの日本のよき伝統はむちゃくちゃにされてしまった。あるいは、家父長制的道徳という包囲網が解かれたために個人の欲望がむき出しになり、道徳が混乱し、性が廃して世の中がひどいことになってしまったと感じ、とりわけ女子に関して「従順、真淑といった日本女性のすばらしい婦徳の涵養などは戦前の遺物として顧みられようともしなくなってしまった」と大きな失望をいだいていた婦徳派にとって、密着型ブルマーがもたらす「恥ずかしさ」は必ずしも悪いことではなかった。それどころか、むしろ積極的な効用を見ていたふしさえある。というのは、男性からの視線を受けて恥じらう女の姿は、婦徳の主軸をなす「女らしい挙措動作」の重要な要素であり、密着型ブルマーをはいて恥ずかしさを覚える女子の姿はこの「恥じらう女」に通じるところがあるからだ。つまり、一九六〇年代後半に密着型ブルマーが学校の女子体操着として登場したとき、婦徳派はブルマーをはく少女たちの姿に「恥じらう女」の姿を垣間見たのではないだろうか。(p186-7) なんだその精神性。強烈に悍ましい。こんな言葉使いたくないけど、声を大にして言いたい。キモ! ブルマーが廃止されて良かった。女性の人権が向上する方向で社会が変わりつつあって良かった。長年の謎に向き合ってくれてありがとう、山本雄二さん。
  • 2026年7月7日
    美しい海の浮遊生物図鑑
    美しい海の浮遊生物図鑑
    プランクトンについて完全に間違った認識を持っていたことがわかった…微生物だと思ってたら、プランクトンは生き方らしい。1mを超えるエチゼンクラゲもプランクトンなんだって。これって常識?Did you guys know this!? *** プランクトンは、英語では「plankton」と書く。元々はギリシャ語で「あてもなくさまよう者」を意味する「πλαγκτός」に由来すると言われている。イギリスのハーディ卿によれば、この「πλαγκτός」には「自らの意志に反し漂わなければならないもの」という意味がある。(p7) *** 自らの意思に反して漂ってるんか。無常だな。 読み始めて早々にプランクトン観察のための準備や注意点やコツが詳しく書いてあったり、聞いたことない用語が解説されているページがあって「お、おぅ…誰向けの何の本なんだ」と戸惑った。私は表紙のビジュアルに惹かれて手に取っただけなのに。 ホタルイカ凄い好きなんだけど(食べるのが)、海中にいるときはこんな見た目なの…?なんか色が激しい…ホタルイカモドキ科って書いてある。ホタルイカなのに。もどき。 ゾウリエビっていうのがめちゃ怖い顔しててページめくってびっくりした。魚のページも怖い。私どれ好きかなーって探してたけど、全然好きになれる奴出てこなかった。表紙の雰囲気が好きなだけだった🤣でもプランクトンの意味を知ることができてひとつ賢くなったから、よし。
    美しい海の浮遊生物図鑑
  • 2026年6月27日
    ケアする私の「しんどい」は、どこからくるのか
    Sentient Activity(定義は後述)という概念を知ることができたのは収穫だった。なるほど、私が疲れちゃうのは子育てにおけるSAを一手に引き受けているからなのね、というのはよく理解できた。 でも納得感はそんなになかったかな。SA負担を分散させるには…というところでの現実的に参考になる話はみえてこず、後半は流し読みして図書館に返してしまった。 ケア労働が女性に偏ってるのはおかしいよね!男性だってできるよ!シェアすべき!というのは理想なんだけど、結局公平な負担が実現しないのであれば、どちらかというと「これこれの理由があり奴らはやや適性に欠けるんですわ😇」みたいな話の方が個人レベルでは慰めになる気はした。当然マクロな視点では協働の方向に持っていく必要があるのは論を待たないのだけど、たぶん私がタイトルから期待していたのはもっと個々の体験ベースの共感系のストーリーとそれに対する専門的な物の見方だったのよね。 観測範囲内の男性を見ると、役割や責任について頭で理解してそれに応じたケアを果たそうとしたとしても、そもそも興味関心がない対象に細やかな気を配ることができない傾向が強い人が結構いるように見受けられまして…ケア対象を子供とした時、特に妊娠出産を経られないから生まれた個体が自分と繋がっているのか分かりようがないし、心理的なアタッチメントの度合いに差が出がちで、それが結果的に担うSAの量の違いにどうしてもつながっちゃうんじゃないの…?とか思ってしまったよ。本では男性たちも職場で忖度できる=SA能力あるじゃん、て書いてあったけど、それは自分の処遇に対して関心があるがあるからじゃん?対象への熱量が異なるケアの場面に適用できる話ではない気がして、いまいち腑に落ちなかった。 ちなみにうちの場合、夫は対子供SAはあまり発動しないんだけど、ありがたいことに対私SA量の多い人で、その絶妙なバランスで我が家は成り立っている🤭 【SA=Sentient Activityの定義 (本から抜粋)】 子育てや介護などの日常生活を支える「ケア」においては「よりよい状態」というのは自明のものではありません。ケアする人は、「よりよい状態」とは何か(What)を考え、それをどうやって実現できるのか(How)も考えなければいけません。 こうしたケアする人がしている考える活動を sentient activity と呼んだのがイギリスの社会学者ジェニファー・メイソン(Mason 1996)です。Sentient は、日本語に訳すると「知覚の」という形容詞になりますが、ケアをする人がおこなっている「思案する(thinking)」「感じる(feeling)」活動をさします。 (中略) 感知し思案するSAとは具体的にどのようなものでしょうか。メイソンはSAを下のようにリストアップしています。特定の他者の[ニーズ・健康、幸福、ふるまい、好み、雰囲気、個性、性格、関係性]に[耳を傾ける、気づく、聞く、調整する、観察する、概念化する、解釈する、研究する、関心をもつ]、または、自分と他者の関係性や他者同士の関係性を[とおして考えたり、理解したり、調整したり、planningしたり、組織化したり]する活動(Mason1996:16) (ix-x)
  • 2026年6月27日
    母という呪縛 娘という牢獄
    家庭の機能不全の話は苦手なので、気になりつつも読めないだろうと思っていたこの本。図書館でパラッと見て、読んだ方が良いかもしれないと思い借りてしまった。案の定、読むに耐えず飛ばした箇所はあったけど、世に出ることが必要な本だなと感じた。 9年間の医学部受験浪人を強いた末の殺人だと誤認していたけど、娘はその浪人生活は耐えたことを知って絶句。殺人のきっかけはその地獄の再来を阻止するためのものだった。この母子の間に介入できた可能性があった人達は、私の感覚からすると自責の念でおかしくなったりしそう。でも、漫然と異常事態を放置していた父親の苦悩は少なくともこの本からは見えてこず、モンスター化した母を金銭的に支援するだけだったアメばあの事件後のお気持ちも謎のまま。。。結果は不可避だったと納得してしまった。 私自身はこの娘と年齢が近いのだけど、我々世代の娘を持つ母親たちの多くは家庭に入る事を既定路線とされていた人たちで、娘に対しては「これからの時代は女性も社会進出!娘は仕事も家庭も!」と新しい時代に期待を寄せて、自分が道半ばで諦めたり叶えられなかったりした仕事での自己実現を娘に託そうとしていた人達は少なからずいた気がする。この本の母娘は極端なものの、それでもあの時代の母子の空気感を感じた。母親の歪な学歴観がどのように形成されたのかはわからないままだけど、あそこまで露骨に見下げるまではしなくとも、公立の教育システムを積極的に回避しようとして子供を受験というレールに誘う親たちの価値観とも地続きではあるなと思い、、、違う世界の話、ではなく、まさしくこの社会で起きた事件だなという変な腹落ち感もあった。 一審では無罪主張、二審で認めに転じるという裁判の展開も珍しく感じられ、娘の心境の変化が興味深かった。裁判を通じて自身が置かれていた苦境に思いを馳せてくれる人が世の中にいることを娘が感じられたことに細い糸のようなかすかな希望の筋を感じた。
  • 2026年6月24日
    法廷遊戯
    法廷遊戯
    第一部【無辜ゲーム】はイタイ学生感満載で、読み進めるモチベーションを保つのが難しかったけど、第二部【法廷遊戯】が始まってからは展開スピードも早く、何層にも仕組まれたパズルのピースが徐々にはまっていくような感じで夢中で読んだ。 司法試験合格の筆者ならではの現行司法制度への問題提起。再審制度の不条理とも言える敷居の高さや、検察の証拠開示の範囲に対する筆者の静かな憤りを物語の根底に感じた。その上でエンタメとしても上手く昇華されていて脱帽。 何が正義なのか、難しいね。あと、サイドの話かもしれないけど家庭の事情で進学可能性が左右されない社会になることを切望したわ。
  • 2026年6月17日
    雨にシュクラン
    雨にシュクラン
    図書館の児童書のコーナーにあって、なんとなく手に取ってみた。 周りが導くルートにおとなしく従いたくない女の子が出てきて、自分で自分の道を決めて、興味のあることに近づくために思い切って行動していて気持ちがいい。今の気分にもあってたし、万年厨二病の私は「決めつけないで!」と我が道を行く主人公に勝手に仲間意識を抱けて、今日読むのにピッタリな本という気がした。風邪ひきさんで家にいた中学生の息子も、なんとなく手に取って一気読みしてた。 そして今、猛烈にトルコ料理を食べたくなってる🤤 サラッと読める素敵なお話、シュクラン。
  • 2026年6月5日
    おとぎ話の幻想挿絵
    お友達とランチをしたあと、近くに幻想文学の古書店があるから行きたいと言うのでついて行った。そんな本のジャンルがあるのですね。 この本の背表紙が目に留まり引き出してみたら、装丁もパラッと覗いた中身も、めちゃくちゃときめかせにくるので我慢できずに購入。『不思議の国のアリス』とか、『大正イマジュリィの世界』と並べて本棚に置きたい。
  • 2026年6月4日
    十戒
    十戒
    方舟読んだあとReadsの感想を見ていたら、できるだけすぐに十戒を読んだ方が良いというコメントを見かけて買っちゃった。人物描写や人間関係について最低限しか書かないスタイル?だからなのか登場人物を把握しきれなくて、人が死んでもその人が誰で何してる人だったかピンとこなかった💦 そして相変わらず登場人物が作者にとって非常に都合よく振る舞うところが没入を阻害してくるのだけど、それでも最後まで一気に読ませ、更にもう一度読み返そうと思わせる仕掛けがあっぱれ! ※ネタバレ(?)あり※ 犯人とのやりとり時の主人公の反応がところどころ不自然だったから、誰が怪しいのかみたいなのは途中でわかってしまったけど、2つの筋を通すという方舟同様の設計と、主人公は見て見ぬ振りをしていたという新しいタイプの結末と、何より「あなたはあの…!」というラストに拍手したい。
  • 2026年5月29日
    方舟
    方舟
    ※ネタバレ(?)あり※ あり得ない設定のなかで、あり得ないくらい生活面の不便さへの不満やストレスの発露がなくて、あり得ないほどみんな聞き分けが良くて、あり得ない不自然さなんだけど、展開が気になって一気読みしちゃった🤭登場人物よりも、読者の方が閉塞感を感じてるまである気もした😂翔太郎のかませ犬感ナニ🤪タイトルが秀逸。無事に脱出できたかな。 犯人以上に作者にとって都合の良い展開だったね。とか思っちゃった。クローズドサークルミステリー、10代の頃に読むのが1番没入できる気がする。
  • 2026年5月28日
    お金の不安という幻想
    タイトルの通り“お金”の本じゃなくて“お金の不安という幻想”についての本だった。いやなんかさ、最近釣りタイトルのマーケティング重視の本が多いから、こんなにタイトルと中身の整合性がとれてる本は逆に新鮮だなと思ってしまった🤭 直視しなければならない待ったなしの問題が、いつの間にかお金の問題にすり替えられてズレた話を社会でしていることについて分かりやすく丁寧に指摘している金融のプロが書いた本。俄然著者とバックグラウンドに興味を持ちました。 この手の本は読み始めて興味を失い挫折することが多いのだけど、編集というのか演出というのか、視覚的に魅せる部分にも力を入れて作られた本で感心した(誰目線)。 **以下引用** 「企業の思惑を知っていれば、不安を煽る情報に出くわしても冷静でいられる。 これは投資に限った話ではなく、教育、美容、健康などあらゆる消費行動に共通する。 結局のところ、大切なのは、自分自身の価値基準をしっかり持つことだ。」(p45) →不安解消にお金を支払わせようとするビジネス多すぎだよね…宗教じゃないんだからリアルな価値を提供してほしいよ。 「かつては、労働に値段などついていなかった。地域や家庭で、みんなが役割を分担してきた。それが、貨幣経済の発達とともに、『自分たちにできないこと』あるいは『他人に任せたいこと』にお金を払って外注するようになった。ただ、それだけの話だ。お金を介さない仕事に価値がないわけではない。」(p151) →まさにそうだよね…医療従事者や教師や保育士、介護士なんかの価値の高い仕事に適正なお給料が支払われていない現実…。そして24時間365日自分以外の人間都合で動く労働をしている専業主婦が肩身の狭い思いをする現代日本😢
  • 2026年5月14日
    移動と階級
    移動と階級
    移動資本 mobility capitalという概念をこの本を通じて初めて知った🚗🚌🚛🚃🚄✈️ 過去に会話の中で相手を怒らせてしまった経験があって、その理由がこれまでわからなかったんだけど、この本を読んでモヤが晴れたように一気にクリアになった。移動資本の違いで移動可能性が変動することについて私が理解できていなかったせいで、移動したければ自由に移動できるのに…という前提に立って無神経な発言をしてしまったんだろうな。バカにされたと感じて相手が怒ってたのに対して私はバカにする意図はなかったから何故相手が怒っているのかただただ不可解だったのよね😅 この著者の方の文章構成がね、抽象的なまとめを先に言ってから具体に入っていくカタチなんだけど、これは読む人を選ぶ構成だなーという気がした。私は少し具体的な話をキャッチ的に先出ししてもらう方が読みやすいと感じるタイプです🥹話がどこに誘われているのか、私の理解力だとすぐピンと来なくて、今何の話してるんだっけとなりがちだった。 **以下メモ** 【移動資本】 ⚫︎移動は資本であり、所有・蓄積・活用するもの ⚫︎移動資本の2大ポイント ①過去の移動経験の蓄積 ②将来の移動可能性や、今後、移動する価値があると判断したとき、再び移動できる能力は不均等 ⚫︎移動資本には「移動しない」選択肢も含まれている (p43から) 【移動による成功も失敗も自己責任ではない】 移動をめぐる機会と可能性は、ジェンダーや階級社会階層、国籍、エスニシティ、生まれ育った地域といったものに強く規定され、影響受ける。異動による成功も失敗も、決して“自己責任”ではないのだ。(中略)移動をめぐる自己責任や能力主義、生存者バイアスから抜け出すには、移動が困難であったり、自分とは移動をめぐる状況が異なったりする人がこの世界にいることへの想像力を働かせることが大切だ。(p122) 【移動格差を生んでいるもの】 社会階層や性別、どこに住んでいるか、どんな職業に就いているか、誰とともに暮らしているかなど、複雑に絡み合う要因によって、構造的に移動をめぐる格差や不平等がつくられていることが理解してもらえたはずだ。 そして、移動をめぐる格差や不平等をつくり、固定化している背景には、グローバル化、経済的な格差、不均等に拡大するデジタル化、競争の高まりと生産性の追求、自己責思考の強まり、依然として変わらない近代的な家族観や性別役割分業などがある。(p215) ※音声配信でこの本を読んで考えたことについて(怒られちゃった時の具体的な話も🤭)話しています #36(link in bio)
  • 2026年4月29日
    愛がなくても喰ってゆけます。
    いてもたってもいられず外食しに家を飛び出したくなる🤤
  • 2026年4月26日
    私が間違っているかもしれない
    私が間違っているかもしれない
    KindleでDLしてること言ってなかったら、どこかで推薦されてて気になったからと夫が日本語版を今日買って帰って来た📕奇遇。児童書は英語/日本語両方持っている本が割とあるけど、大人の本で同じ本の言語違いが家にあるのは初めてかも。 日本語だとどんな印象かなーと、読み終わったところをパラパラ見たんだけど、なぜか日本語になると説教くさく感じちゃう不思議。英語版は語りかけて来る印象だから、日本語訳も口語体だったらすんなり入ったかもしれないと思った。原文にはあたれないから元のニュアンスはわからないんだけどね。訳文それぞれ違う味わいがあり面白い。 **以下半分ちょっと読んだ時点の感想** なんかさー、自分が絶対に正しいと確信を持っている人なんてそもそもいなくない?と思うの。間違ってるかもって思いは大抵頭の片隅にはあるのでは。これは日本人だからなのかな。西洋人はみんな確かに自信ありそうだもんな。 正しいかどうか、間違っているかどうかは分からないけど、現代社会を生きていくためには選択や決断を積み重ねる必要があって、決断するにあたって自分自身がブレないように判断基準を腹落ちさせて、その結果の責任を取ったり、違ったな間違えたなと思ったら調整していくことしかできないわけじゃん? 周囲の人をありのままに受け入れられる寛容な心とか、正しさに固執しないこととか、そのために瞑想が良いよってのはわかったけど、じゃあ子育てや人材育成の現場での導き方とかさ、パートナーシップで意見の相違があった時に、どう現実世界で折り合いをつけていくのかみたいな話はこのあと出て来るんですかね、ずっとこの調子ですか?というキモチ。 それが大事とか言ってられるのは俗世から離れて社会的な役割も何もない森の中でお金稼ぐ必要も誰かを養う必要も育てる必要もないからできてるだけなのでは…っていうか誰よりも寛容さを実践できてるのは森の坊さんじゃなくて托鉢でごはんくれるタイの農村の人たちじゃね?とか思っちゃったよ。 何言ってんだ、わかったと思うな、自分はまだまだわかってないと思う心が大事、瞑想しとけ、って言われちゃうかしら🤭 **4月28日読了** 読んでいるうちに「前提としている精神性が違うな」と感じて、途中から西洋人が体験した僧侶生活体験記として興味深く読んだ。 本の中に出てくる仏教/儒教/東洋哲学的にルーツを持つマインドって、日本人だと既に部分的にでもインストールされている気がする。塞翁が馬とか全員知ってるでしょ… タイトルになっているmagic mantraとして紹介されるI maybe wrongも、常識や当たり前を疑うこととか、新しい視点でものをみようとすることについて説かれているのかと思ってたら、人と摩擦が生じたときに唱える言葉として出てくるのでズコーとなるというか。日本でもビジネスでは摩擦を恐れず合理的に物事を進めるシーンも勿論あるけど、ベースとしては聖徳太子の時代から続く「和をもって貴しとなす」精神が国民的に根付いているわけで、衝突回避優先でまわりと協調して物事進めていくカルチャーだからさ。。。そうすると日本においてはI could be rightくらいの逆張りマインドが推奨された方が良い気もした。 ビョルン氏に対して厳しい戒律を守り修行を重ねた末に悟りきった高潔な僧みたいな勝手なイメージを抱いていたけど、かなり人間らしい人物で、寛容であることや許すことを説いている割にSNSで寄せられた意に沿わないアドバイスに怒ったり毒づいたりしていて、そこは親しみを感じた🤭 ふむふむ、へぇーとおもったところは洋書投稿の方で引用しています。 *音声配信でこの本について話しています#38(link in bio)
    私が間違っているかもしれない
  • 2026年4月25日
    I May Be Wrong: The Sunday Times Bestseller (English Edition)
    合理性を考えることとか、思考することを無条件に是としていたけど、思考を手放すことの重要性が説かれていて興味深い。 タイトルがグサっとくる。 瞑想とかマインドフルネスとかなんか定期的に流行るよね〜笑…と斜めに構えた視線を向けていたものがホントに大事っぽいのか…?と考えが転換しそうになってる。 •We all have the ability to let go of our thoughts, to choose where we direct our attention, how long we allow our attention to linger on things that cause us harm. You do, too. Sometimes, you just need a bit of practice. Because when we ignore or completely lose interest in that ability, we end up at the mercy of ingrained, automated behaviours, views and patterns. They have us on a lead, so to speak. And so we keep trudging round and round the same track. That’s not freedom. That’s not dignity. →ずっと思考が止まない状態は自由も尊厳もない…?そうなの!? •One of the reasons I like being with people who have begun their inward journey is that they‘be just discovered the chaos in their brains and have therefore created some distance between themselves and their thoughts. Inevitably, this makes them humbler. →確かに傲慢である自覚は少しある…humblerになりたい •Regardless of who we are, where we come from and what our history is, we tend to have a lot in common in terms of our inner workings. By admitting that and shining a light on it, we make it easier to stop pretending we’re on top of everything. →人の心はみんないっしょ、ね。これはアチコチで暮らして体験的にもわかる感覚かも。 •We’re shaped by how we were raised, what we’ve experienced, what we came into this world with, our culture, our life situation and the messages we encounter on our journey. We don’t choose our thoughts. We don’t control the shape they take….We can only choose whether or not to believe it. → 私の思考は自分発ではないということか、、 まぁ言われてみたらそうかも色んな要因によって形成されているんだね。I have totally been believing it all these years😇 とりあえずKindleで25%まで読んだ記録。 **4月27日追記** •there’s more to us than just reason. We also have another way of reaching knowledge and making decisions. We have moments of inspiration. Buddhists call this wisdom. And they see a clear link between meditation and wisdom. →意思決定は理屈以外のものもベースに下せるという論。インスピレーション、それはなんとなくわかる。それが瞑想を通じて得られるということ…?瞑想、してみる? •If we want access to a higher wisdom, we have to let go of some of our convictions and become more comfortable with not knowing. Thinking that we know is often a big problem. Knowing you don’t know is hardly ever a big problem. →わかってるって思わない方が良いってことね、もうそろそろそれはいいよ。わかったよ、知ってるよって感じになってきたよ←わかってないことをわかってない笑 54%まで読了。お腹いっぱいになって来たけど、まだ半分ある😂 **4月28日読了** タイを離れてからはビョルンさんのライフストーリー感が強くなり、引用記録しておきたいところはなかったな。 (『I May Be Wrong: The Sunday Times Bestseller (English Edition)』(Björn Natthiko Lindeblad 著)
  • 2026年4月15日
    春にして君を離れ
    春にして君を離れ
    図書館で見かけて春なので手に取ってみた。認識のズレ?認知の歪み?を見せつけられて面白いんだけど、主役の属性が母親っていうところで自己投影しそうになって辛い😇 ジョーンが大切にしている世間体とか外聞のようなものと、家族が求めている個人の幸せの希求と、どちらを選ぶかは優先順位の違いでしかない気がした。だけど、最大の問題は家族の想いと自己イメージのギャップの凄まじい大きさで、何がそれを生じさせているのか興味深いなと思った。 ロドニーがエイブリルに「結婚とは」と諭して行くくだりのところは、さすがにジョーンもこれで自分の立ち位置を理解しないというのは不自然過ぎないかと突っ込んでしまった。でもジョーンは幸せそうで羨ましい。 この翻訳になっているということは原文の言い回しはこんな感じかなぁ、と想像しながら読み進め、読み終わったら原書も読もうかなと思ってる。 **4月16日追記** 砂漠で覚醒したと思ったらpoor little Joanに戻って物語が終わった😇ナニコレ おもしろ 家族に守られ、なんだかんだ幸せそう 音声配信でこの本について話しています#31(link in bio)
  • 2026年4月9日
    かちかちやま
    かちかちやま
    次男とお散歩中に『かちかちやま』の話になり、なんかやたらと残虐な話だった気がするけど詳しい内容は忘れたなぁ、となり図書館で借りてきた。 寝る前のこどもに絵本を読んであげるなんて何年ぶりだろうと懐かしく思いつつ久しぶりに読み聞かせたんだけど、1番衝撃的だったパートは描かれてなかった気がして…。調べてみたら、【たぬきがおばあさんを撲殺したあと、何も知らないおじいさんにばばあ汁にしたおばあさんを食べさせた】という描写がこの絵本からは抜けていたの。確かにね、絵本だしね、流石にね😇でもこの絵本、挿絵が激しかったわ。 ちなみに『かちかちやま』を読む前に息子が読んでいたのは『九龍城砦外伝信一伝』でした📕
    かちかちやま
  • 2026年4月8日
    ためらいの倫理学: 戦争・性・物語
    テキストに出てきた内田樹氏の文章を読んだ長男が他のも読んでみたいというので図書館で借りてきた。 知識人の言説をバッサリ切る小気味良さで読み進めちゃえる気もするけど、これ中学生が理解できるのかな🫨読解問題ずいぶん難しいの読んでるんだな。。。 民族誌的奇習という言葉が印象的だったのでそのくだりをメモ: たぶんそれは「よく分からない」ことについても「よく分からない」と言ってはいけないと、彼らが教え込まれているからである。「よく分からない」と言うやつは知性に知けているとみなしてよいと、教え込まれているからである。 反対側から言えば、ある種の知的努力さえすれば、どんな複雑な紛争についても、その理非曲直をきっぱりと判定できるような俯瞰的視点に達しうる、と彼らは信じている。だからこそ、どんな問題についてもつねに「きっぱりした」態度をとることが強く推奨されるのである。アメリカではそれは十分な「知的努力」を行ったことのしるしであり、そうすれば「賢く」みえるということをみんな知っているからである。 これは私に言わせれば、かなり特異な信憑の形態である。民族誌的奇習と言ってもいい。こういうものを「グローバル・スタンダード」だと言い募る人に私はつよい不信の念を禁じ得ないものである。(p13)
  • 2026年4月7日
    SPY×FAMILY 17
    SPY×FAMILY 17
    アレコレ本を手に取っても上手く読み進められず…春休みで子供達の対応時間が増え、本を読んだり映画を見たりにマインドを割くキャパがショートしてた。数週間仕事と育児しかできなかった。某新書じゃないけど、なぜ子供を世話していると本が読めなくなるのか状態だった。 リハビリには漫画。 17巻はドナちゃんが表紙。 オーセン教授の裏の顔気になるー! ビル6才いつも同じ角度の扱いだけど笑うー。 私も頑張ってるのでステラください。
    SPY×FAMILY 17
  • 2026年3月26日
    それでも息子を日本の小学校に通わせたい
    本屋さんでタイトルを見て「あ、わかる」と思わず手に取った。著者はドキュメンタリー映画『小学校〜それは小さな社会〜』の監督山崎エマさん。 ミックスルーツの方ならではのご苦労、小学生時代のとにかくみんなと同じになりたかったという切実さが身につまされた。 私自身、日英米3カ国にまたがって教育を受けてきたので、異なる教育システムを行き来する中で、直後に受けるカルチャーショックや、順応するための努力、環境に合わせて自分の性格も言動も七変化して色んなバージョンの自分がいること、たまに出すバージョンを間違えて失敗してそこからまた自分を抑えて進化していくというところなど、とても共感。 山崎さんは、日本の教育を変えるとしたら中学以降の教育課程で「個としてのあり方」を強化すべく見直したら良いのではと提言されていて、これは彼女自身が日本の小学校を経て中学からインターに行って両方の教育システムの「いいとこ取り」をしたと肯定的に捉えていることが背景にあるのかなぁ。英米の中高を経た私が子供を通じて初めて知る日本の公立中学の教育は小学校同様とても魅力的に感じているので、是非中学校にも足を踏み入れて知ってもらいたいなと思いました😊 **追記** 本の感想を音声配信しています#29 #30 (link in bio)
  • 2026年3月25日
    平場の月
    平場の月
    責任にとらわれ、正しさに縛られ、互いの人生に入り込みきれない2人の関係は「大人の恋愛」という言葉では表すことができない何か別のものを感じさせられた。 手に取った時はあっという間に読み終わりそうと思ったんだけど、ボリュームのわりに思いのほか時間がかかったなー。青砥と須藤の苗字呼び+羞恥心がまるでないかのようなあけすけないじり合いからは中学時代のフレッシュでドライな男女の友人関係を感じ、少しずつ関係性が深まっていく様子や、病の登場後も胸がじんわりあたたかくなるシーンもあって、“平場の幸せ”を感じた。でも、物語の冒頭で時間経過と共に須藤の死が近づいていくんだという結末がわかってるだけに読み進めるのを躊躇ってしまいちょこちょこしか読めないというあまり経験したことのない読書体験だった。 青砥はな、、須藤にとってはイイヒトなんだけど、時折差しこまれる妻との回想で本質的にイイヒトというわけでもない感じが出ていて、だからいまいち信用できないな…一過性の熱で気持ちが盛り上がっちゃっているだけなのでは…という視線を彼に送っていたら肝心なところを踏み外しちゃって、なんか名前の通りあおいんだなと思った。 須藤の方はと言うと、生き方と過去にギャップがありすぎて私の人生経験が足りていないからか、キャラクターの同一性に欠ける気がして、後半語られる自己嫌悪の話がすんなり入ってこなかった。一気読みしてたら雰囲気で行けた気もするんだけど。人間らしいってことなのかな…あんな振れ幅の大きな人生送る人もいるのかしらね。青砥側の目線の方が多い語りだったけど、「冷静と情熱のあいだ」みたいな感じで、両方の視点からで読めても面白い設定だったかも。 あと、「マチネの終わりに」を読んだ時も思ったんだけど、愛し合う2人がミスコミュニケーションですれ違うっていうのが大人の恋愛ものにはよく出てくる気がして、そうでもしないと別れの動機付けができないのかもしれないけど、なんかこうリアルの男女はもっと傷つけ合いながらも曝け出して話し合いを尽くしたりして泥々になる気もするから「実はこのクリティカルな情報が伝わっていなかったのです…!!」というカラクリはなんかお話感がそこで急に出ちゃって一気に目が覚めちゃう気がするの。
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