心をたがやす

2件の記録
ふわち@fuwachi2026年4月23日今でもたまに読み返すことがある本のひとつ。 太平洋戦争を生きた人の記憶が詰め込まれている。 国道も整備されていない時代の土佐の田舎。その土の匂い、海の景色、旧制高校の雰囲気など…今では体感することも見ることもできなくなってしまった時代の空気が綴られた文章の端端から匂ってくる。 そんな箇所もあれば、著者が医師となるために進学し、満州からの引き揚げ船の中で出産に立ち会ったこと、その際に臍の緒を絶つも、あろうことか臍の先。消毒してしまい新生児を死なせてしまったことがありありと語られている所もある。 当時の命の扱われ方は現代のそれとは全く異なっていた。著者自身もどうしようもなさに打ちひしがれるも腹は減り空腹に喘ぐ。この新米医師の頃から精神科医として勤務し始めた後まで、様々な話が展開される。 戦後は飢えの時代だったと回想する著者は人間の根源的なものをどこまで見つめたのだろうか。闇市や大学講義棟で、あるいは病床、閉鎖病棟でどれほどの現実を取り込み、それをどれだけの歳月をかけて濾してきたのだろうか。 この本も医学の専門課程を修了している人が読めばまた異なる味わいがあるのだろう。ただ一市民が読んでもエッセイの枠を超えてくる。少なくとも私はそう思っている。 著者が稀有な町医者であったことは間違いない。 言葉に立ち現れている。そんな著者と出会いにページを開くのだ。話を聞きに、聴いてもらいに出会いに行くのだ。だから読み返す。 いつかこの本について誰かと語ることができるといいなと思って生きている。