一寸先は闇

3件の記録
くにっち@kuni2026年10月4日読み終わった今日買った本の隣にあったのでついでに買って読んでみました。昭和で言うと100年だし世界情勢も不穏ということでの対談本。 対談本の醍醐味である話の飛び方や、随所にこぼれる小ネタが興味深かったです。 ■メモ ・五木寛之いわく、演歌は未組織労働者の「インターナショナル」(19世紀後半に仏で誕生した労働歌・革命歌)。昔はメーデーのようなデモがあると大きな労組の組合員が集まってインターナショナルを歌っていたが、その人たちは労働者のなかのエリート。労組などの組織に所属してない労働者はインターナショナルを歌う機会もない。そういう孤立した労働者たちの心の支えになったのがいわゆる演歌だった。 ・労働そのものに尊い価値があるという昭和的な感覚と、それがなくなってきたこの30年間の感覚を、重農主義と重商主義と表現しているのが面白い。 重農主義:自然に働きかけてものをつくることに価値を見出す 重商主義:ものを右から左へ動かすことで儲けることに価値を見出す ・五木寛之の父は、丸山眞男の言うところの典型的な「亜インテリ」。もともと福岡で小学校の教員をしていたが、高等師範学校や大学出の連中がどんどん校長になるのをみて、このままでは出世できないと感じたのか、当時の植民地だった朝鮮半島に渡って朝鮮人学校の校長になった。 ・佐藤優の母は、映画『ハクソー・リッジ』(2016)で描かれた前田高地の戦いの生き残り。潜んでいるガマ(洞窟)まで米軍が来て自爆用の手榴弾の安全ピンを抜いたが、下士官に止められた。 ・戦中あたりに軽井沢と箱根に移住した人を信用してはいけない。なぜなら箱根にはソ連大使館、軽井沢にはスイス公使館とスウェーデン公使館があった。いずれも中立国で米軍にはその地図が渡されていた。つまり空襲を受けない場所であった。この2か所が戦後高級リゾートになったのはこういうエリートの富裕層が住んでいたという歴史的な背景がある。 ・和辻哲郎は文部思想局が発行した『国体の本義』(1937)の執筆チームで中心的な役割を担っていた。 ・「生きて虜囚の辱めを受けず」で有名な戦陣訓(1941)は、徳富蘇峰や島崎藤村が起草した文章を東條英機が書き直したもの。 ・日本ペンクラブはもともと外務省が関わっていた。英米と外交関係が途切れたときに備えるため、島崎藤村に頼んで作ってもらった。戦争になっても文学者の関係は国境を越えるので文化人経由の外交ルートを確保した。(島崎藤村は日本ペンクラブ初代会長) ・普遍的な真理などの大きな物語ではなく個人の視点や経験に根ざした相対的な真実や小さな差異に着目するポストモダニズムと、新自由主義は親和性が高い。新自由主義は、福祉国家や国民国家という大きな物語を否定して、経済活動を市場に委ねて個人の自由な選択を重視するため。この流れの先にでてきた文化がYouTubeやTikTokのような動画とも言える。 ・満映(満州映画協会)の関係者の多くは、引き上げてきてから多くは東京映画配給(東映)に入った。また、外地から引き揚げてきた重要人物を積極的に吸収したのは電通。 ・昭和9年に大日本雄弁会講談社から出た『ヒットラー傅』というベストセラーがある。内容は、苦労人のヒットラーが世の中のからくりを暴いて、悪いのはユダヤ人だと指摘したら、多くの人がついてきた。世界の平和を実現するにはイギリスを攻略する必要があると考えたヒットラーは最後の戦いへの決意を固めるという話。佐藤優が、当時の子どもはこれでヒットラー観を形成したので自分が批判的解説を書くから復刻しようと講談社に提案したが、絶対ダメだと言われた。 ・西ウクライナはロシアに加わったことがなくかつてはナチス・ドイツに協力していた。第二次世界大戦でも、200万人のウクライナ人はソ連赤軍だったが、60万人はナチスだった。 ・1985年のプラザ合意以降、日本の伝統(製造業)と異なる金融経済が世界の主流となると、バブルに踊った後で停滞時代に入り、そこから抜け出せていない。 ・2009年に試行された裁判員制度は事実上の徴用制。日本国憲法に定められた国民の義務は教育・勤労・納税の三つ。ところが裁判員制度は一方的に呼び出されて、正当な事情がない限りは断れない。出頭しなければ処罰の対象にもなる。これが憲法違反にならないのであれば、次は大災害が起きたときに国民を徴用しようという話もありえる。そうなれば、徴兵制まであと一歩。大地震が自然から生じる国土の危機だとしたら、戦争は人間が生み出す国土の危機と言えるため。(現状は、徴兵制は憲法18条で禁じている「奴隷的拘束」や「意に反する苦役」に該当するので違憲という解釈になっている)
里有詩音@Sataru_shion2026年5月27日読み終わった賛同できる内容ももあればできない内容ももあったけど、概ねどのトピックも読み応えがあって面白かった。 特に、「歌」などの共通の価値観についての内容は理解しやすく面白かった。