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くにっち
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@kuni
お風呂で読むのが好きです。好きな本や面白そうな本は、気軽にいいねをさせていただいています。少しずつ読書の視野を広げて読書好きの方と交流できるといいなと思ってます。よろしくお願いします
  • 2026年11月2日
    図解 世界の金融
    図解 世界の金融
  • 2026年11月2日
    カウボーイとアメリカ
  • 2026年10月31日
    6クルド
    6クルド
    知らないことばかりで興味深かったです。 ・クルド人は国を持たない世界最大の民族(3.500〜4.800万人)。 ・サウジアラビアとほぼ同じ人口で、中東ではアラブ人、トルコ人、に次いで多い。 ・現在、中東北部の山岳地帯「クルディスタン」に住んでいる。 ・国でいうと、トルコ、イラン、イラク、シリア、などにまたがっている。 ・クルディスタンには、アラブ人、アッシリア人、アルメニア人、ユダヤ人なども暮らしている。 ・広さは40万平方km。日本より少し広くフランスと同じくらい。 ・1850年までクルド族の「ババン公国」の首都だった都市スレイマニヤが有名(現在はイラク領土内)。 ・クルド人問題とは、第一次世界大戦後オスマン帝国が分割された際に否認されたクルディスタンの独立を求め続けている運動のこと。 ・文部科学省は、「外国人の友達子どもは、わが国の義務教育への収穫義務はないが、(中略)日本人の子どもと同様に無性で受け入れる」としている。 ・しかし、その金銭的負担は各自治体が行っており、大きな財政負担になっている(川口市は2025年1月1日時点で総人口の7.9%が外国人)。 ・日本は、法律上は移民に関する規定が存在せず、移民受け入れるという政策も制度もない。ただし、外国人労働者の受け入れは拡大している。 ・日本では、いわゆる移民は入国管理法の「中長期在留者」または「特別永住者」にあたる。前者は、中長期にわたって日本に在留資格をもって滞在する外国人。後者は、第二次世界大戦以前から日本に住んでいる台湾・朝鮮半島出身者とその子孫の在留資格をもつ人。
  • 2026年10月31日
    戦争と経済
    戦争と経済
  • 2026年10月31日
    人口崩壊
    人口崩壊
  • 2026年10月30日
    レシタティフ
    レシタティフ
    1993年に有色人種の女性で初めてノーベル文学賞をとった著者の唯一の短編。 実験的な小説で、かなり興味深かったです。 1950年代頃のアメリカと思われる福祉施設で同室になった少女トワイラとロバータは、白人と黒人の2人組。塩と胡椒と呼ばれています。 その後施設をでた2人は、人生で何度か邂逅するのだが・・・という話。 本の構成としては、前半が小説で、後半が解説になっています。 小説は、読みながら最期までモヤモヤして不安定な感覚を持っことになると思います(私はそうでした)。 ネタバレではないのですが、どういう実験かはこのモヤモヤ感が肝なので、知りたくない方は以下は読まないでください。 ・・・・・・・・ 物語はトワイラとロバータという貧しい2人の少女を中心として進むのですが、最後までどちらが黒人でどちらが白人かわからないようになっています。 つまり「人種的背景が重要な意味を持つ異なる人種の登場人物2人の物語から、すべての人種的記号体系(コード)を取り除く実験」を意図して書かれています。社会的な物語からの人種消去です。 社会的、文化的なコードは随所に記述されているものの、叙述トリック的な手法を用いて人種が判別できないように巧妙に描写されています。例えば、ハワード・ジョンソン(ファミレス)でウェイトレスをしているトワイラは白人なのか黒人なのか。ジミ・ヘンドリックスを聴きに行くロバータは白人なのか黒人なのか、銀色のドレスに濃色の毛皮のコートを着ているロバータは・・・など。 それを読者が白人(または黒人)と思うなら、それはなぜなのか。このようにこの実験小説は、読者の思い込みや偏見まであぶり出そうとします。 つまり、私が感じたモヤモヤは、①2人のうちどちらが白人でどちらが黒人なのかをイメージできずに読むことを強いられる、②その描写で白人ぽい、黒人ぽい、と推測しても本当にそうか自信が持てない、という不安定さだったのかなと思います。 トニ・モリソンのこの狙いは、「カラー」の要素をはぎ取り、社会的階級を指標として採用することで人種主義を骨抜きにし、ありきたりの、お手軽に手に入る「カラー・フェティッシュ」を無化して信用に値しないものに変えること、でした。 文芸評論家のエリザベス・エイベルによれば、大半の白人は物語中の「あたし」であるトワイラを白人ととらえるが、大半の黒人はトワイラを黒人とみなす傾向があるそうです。 なお、タイトルのレシタティフ(recitatif)は音楽用語。オペラなどで語りによって物語を進行させる叙唱のこと。もとの意味は「強く呼びかける」という意味。
  • 2026年10月29日
    アーティストのための美術解剖学
    アーティストのための美術解剖学
  • 2026年10月28日
    ナイルパーチの女子会
    作中の、 ーナイルパーチには餌をたくさん与えてやらねばなりませんね。肉食性ゆえに、お腹が減るとすぐに共食いしますから。 というセリフが、この物語全体を表しているような気がしました。
  • 2026年10月28日
    HHhH
    HHhH
  • 2026年10月28日
    荒原にて
    荒原にて
  • 2026年10月27日
    キャメラマン一代: 私の映画人生60年
    神保町の古本祭りで入手。めちゃくちゃ良い本でした。 著者の宮川一夫は、黒澤明監督『羅生門』(1950)で雨に墨を混ぜたり、市川崑監督『おとうと』(1960)での "銀残し" 、などの撮影技法で知られる伝説的な映画カメラマン。 ちなみに "銀残し" はそのあと世界中で使われた技法で、例えばデビッド・フィンチャー監督の『セブン』(1995)などでも使われています。錆びたような渋い色合いの映像が作れます。 また、私個人的には、溝口健二監督『近松物語』(1954)を観て、役者の動きにあわせてかなり豪華なカメラワークをしてるのに常に構図が完璧で、どの瞬間を切り取っても1枚の日本画のように見えることに衝撃を受けました。それ以来、映画でカメラマン(今でいうと撮影監督)を気にして観るようになりました。 この本を読んでわかったのは、宮川一夫がカメラでの「撮影」だけでなくフィルムの「現像」まで考えて撮影していたことが、独特の技法や画調を生み出したということです(ラボ時代はビール瓶や醤油を使って撮影・現像するなどの実験もしていました)。 本人も、昭和元年に日活に入社して3年間現像部のラボにいて色々工夫をしていたことが大きかったと回想しています。撮影がソフトだとすれば現像はハードで、その二つを知っていたおかげでずいぶん得をしたし自分自身の撮影術にも大きく影響していると。 最後の文章がとても良いなと思ったので抜粋します。 特に、フィルムに「絵」を、画調に「詩」を、キャメラワークに「リズムと音楽」を、というくだりは忘れがたい一節になりそうです。 もし興味ある方は、デニス・シェファー・著『マスターズ・オブ・ライト』あたりもおすすめです。 ---------- 映画が好きで好きでたまらないので六十年も撮ってきましたが、キャメラマンの仕事は、私がカメラの一部となって、カメラが踊るように、対象を「写し撮る」ことができなくてはなりません。つまり、体力がいる仕事なのです。もちろん、感性だけは若い時以上に研ぎすましているつもりですし、視点も「宮川的」というものを積み重ねてきました。しかし、肉体だけはいかんともしがたいのです。 その意味で、早く若い人がどんどんでてきて、私を乗り越えて欲しいと思っています。といいながら、それを理由にして、まだまだ撮りたいと思い続けるのは、やはり私が「映画バカ」以外のなにものでもないことの証左なのでしょう。 これからも、体力の続く限り、キャメラを通してフィルムに絵を描き、キャメラワークにリズムと音楽を。そして画調に詩を書き続けたいと思います。 ############ 映画人生六十年、長い間にはいろいろありましたが、話すことはいつも同じ、新しいものがないような気がします。映画技術者の視野のせまさは、一つのレンズを通してしかものを見ない、その見つめ方と同じ。キャメラから離れた私には何も無いし、何もできません。 技術者だから技術の本を、といわれても、古い手造り的な、昔の技術のことは書けても、昨今の映像文化の、高度な映像造りの技術には、関心はあっても、もう私の手のとどかないものになっています。 しかし、技術機材の体系は変わっても、映像表現に変わりは無いと思っています。特に映画のイメージは、単に機械的な行為だけでできるものではありません。人間が心をこめて創造するものです。フィルムの一コマ、一コマにスタッフひとりひとりの発想と工夫がこらされ、さらにそのコマに、それぞれの愛情と情熱が注がれています。こうした一コマに打ち込むスタッフのつながりが、今日までの映画の芸術性を支えてきたのだと思います。 本文中で人名の敬称を略したり、勝手気ままな書き振りをお赦しください。 おしまいに、若い人へ一言。 この本を読んでくれた、映画作りの技術に興味をもつ若い人たちには、さしたる糧にはならなかったと思います。 ただ、長く映画に携わった者の経験で、現在はとても大切な時期にあると思います。最近の映像表現は、エレクトロニクス等を利用して、高度な技術がつぎつぎに開発されています。 こうした新しい技術の進歩に適応していく能力を養うため、ぜひ基礎を確実に学んで欲しいと思います。映像はこれから無限に広がっていきますよ。ありがとう。 宮川一夫
  • 2026年10月26日
    母を失うこと
    母を失うこと
    作家でコロンビア大学の教授の著者が、大西洋奴隷航路をたどって自分のルーツのガーナに旅する、紀行文、批評、思想。 考えさせられる本でした。一言でいうと、アフリカ系アメリカ人の寄る辺なさについて書いた物語だと思いました。 興味ある方は、アフリカ系アメリカ人がアフリカでのルーツを探し当ててアイデンティティをロマンチックに回復するアレックス・ヘイリー・著『ルーツ』と読み比べてみると面白いと思います。 著者は奴隷の子孫としてアフリカにルーツを探しに行きますが、アフリカで色んな国の人と会話をしてもかみ合いません。 アフリカ系アメリカ人たちは母国のアメリカでは抑圧されてきた人種差別の被害者ですが、現地のアフリカ人(ガーナ人)からすると、また金持ちのアメリカ人がノスタルジーに浸りにアフリカにやってきた、くらいの感覚。 なぜなら、アフリカ系アメリカ人が自分のルーツを探しにアフリカへ旅する数は年間1万人以上もいて、ガーナなどはこれを観光の目玉として外貨を稼ぐ手段にしていました(それが別に悪いわけではない)。 アフリカれ生まれ育った人たちは、奴隷として海を渡っていないので、一部アフリカ内のもと奴隷の人を除けば大多数は奴隷ではなかった人たちの子孫。 つまり奴隷制と戦ったり逃れたりして生き延びた人の子孫。奴隷の直接の被害者ではないので、著者の声高な主張に辟易します。 アフリカの人たち(奴隷制調査のアフリカ各国の同僚)が「私たち」とか「兄弟姉妹」と言うなかに、著者は自分のようなアフリカ系アメリカ人は含まれていないと感じます。 「同僚からすれば、系(ハイフン)という言葉つながれているとはいえ、わたしが自称するアフリカのアイデンティティは空想の産物であり、わたしのスワヒリ語名は娯楽にすぎなかった。押し殺した笑い抜きにわたしの名を呼ぶことなど、かれらにはできなかったのだ。」 また、ガーナ内にあったアシャンティ王国などは古くからアフリカ内部での奴隷貿易で財をなしており、著者の表現では「強盗経済が、世界の大部分からは隔離されていたはずの辺境地と接続された」と、ヨーロッパによる奴隷貿易との関係を指摘しています。 著者は、奴隷制とのたたかいを誰もが語るが、奴隷について語る者がいないことにも気づきます。彼らは結局奴隷小屋を免れたので、自分たちのような喪失や捕囚の物語でなく、生存と幸運、奴隷制への勝利、抵抗と超克の物語のなかにいると感じます。 そこでの奴隷制の歴史は、逃亡者と戦士の物語であって、主人と奴隷のそれではない。挽歌も、労働歌も、かなしみの歌もなく、戦争歌や軍歌が歌われると。   →確かにブルースはアメリカにしか生まれなかったなと思いました ■抜粋 「サラガで、軋轢が生じた。わたしがここを初めて訪れたときに出会った教師のババの案内で、わたしたちはママ・デマタを訪問した。彼女の祖父は奴隷商人で、彼がブルキナファソからガーナへと奴隷を輸送する際に使用した足枷一式をママ・デマタは所有していた。ママ・デマタが足枷を広げると、ムンビがそれを付けてみていいかと尋ねる。ムンビのスウェットパンツにママ・デマタが足枷をぐるりと装着すると、街の人々が集まってきて、どっと笑いが起こった。人々はムンビの足枷を指差しながら、奴隷だ、奴隷だと口々に呼ぶのだ。ナイキの野球帽と編み込まれた赤褐色の髪の毛、スウェットという出立に、足枷という不調和が可笑しかったのだろうか? 彼女はケニア人だったが、アメリカ人のような格好をしていた。すっかり奴隷になったつもりのムンビは、ママ・デマタ家の表庭を、ふらふらと小さな足取りで行ったり来たりしている。足を動かそうと四苦八苦しているうちに、錆びついた足錠は、ムンビのくるぶしに引っ掻き傷を残した。数分後、もう十分と見えた彼女は足枷を外してもらうよう願い立った。足枷は、それが装着されたときとかわらず何もなかったように取り外された。ムンビが再び自由の身になったとき、周りの人々は拍手喝采する。一方、わたしは煮えくりかえるようだった。」
  • 2026年10月26日
    本能の人類史
    本能の人類史
  • 2026年10月26日
  • 2026年10月26日
    プラハの墓地
    プラハの墓地
  • 2026年10月26日
    狭間国家の地政学
  • 2026年10月25日
  • 2026年10月25日
    サイコパスから見た世界
    サイコパスから見た世界
  • 2026年10月25日
  • 2026年10月25日
    イスラーム神学
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