書百話

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榊莫山
角川春樹事務所
1997年12月1日
1件の記録
  • あんどん書房
    あんどん書房
    @andn
    2026年5月21日
    以前に読書会で紹介されており、そういえば持ってたなと積読から引っ張り出した。莫山先生のこと全く存じていなかったのだが、関西弁混じりの軽妙な語り口が良い。 読み進めるにつれて、文章のリズムの良さが、だんだん体に入ってくる。 “見ようによっては朴訥。眺めようによっては気随気儘。考えようによっては奇妙奇怪。雲南の書き手も彫り手も、こりゃかなりの気分屋さんであった、と思う。”(P27) 漢語を重ねてリズムを作り、最後は読点で柔らかく着地させる。良いなぁ。なんかこれ自体が筆で字を書く動きを感じさせる文章。…うまいこと言い過ぎ? 他にも張猛龍碑の「筆のうごきにほろにがい安らぎがある」(P35)とか月斗の「その気性と気品を文字に坐らせて、くったくのない気分をふりまいて、たのしませてくれる」(P59)とか。表現が素敵だ。 莫山先生はただ整っただけのキャラクターがない書には当然興味がないようで(時に「目の毒」とまで書いている)、紹介されるのはどれも個性的。 “こういう凄い字というのは、意味もからめて見ているだけで身ぶるいがする。電線が風に鳴っているような音も感じる。”(P117) とは良寛の般若心経評。書から音が聞こえる境地。 四章は「野の書」ということで、莫山先生がその辺で見つけてきた名もなき人々の文字が集まっている。ここがなんか無言版アートみたいで良いなと思ったのだった。 そんな章の中に「唐箕の栄光」という一編があり、そういえばこれ昔うちにあったわ〜と懐かしむ。ハンドルを手回しして籾殻と米をより分ける農機具。そんな使い道なんて知らずにただぐるぐる回して遊んでいた記憶。 第五章は「雑抄」ということでいわゆる「書」以外の文字についての話もいろいろ収録されているのだが、そんななかに「毎日新聞」ロゴの話も出てきて面白い。そもそも毎日の連載だからだろうが。 “活字体といっても、元をただせば人間の手がかいた文字である。この“毎日新聞”の字も、デザイナーが苦心してかきあげたにちがいない。”(P222) 当たり前のようにフォントを選べる現代ではついつい忘れてしまうが、大切なことだなと思う。 自分は字が下手すぎて、字への興味を全く持たないまま生きてきてしまった。美術館で署を見かけても「どう見ればいいの…?」と。 しかし本書を読んでいくなかで、今まで目に入らなかった石碑の文字がちょっと気になるようになってきた。これは冷たいかな、温かいかな、莫山先生ならどう見るだろう。 まさに解説で外山先生が仰るように、「この本を読む前と読んだ後では、同じ人間でないことに気づく」(P283)ということなのだ。 ちょうど今月末までやっている莫山展、絶対に行かなきゃな。
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