人間の集団について: ベトナムから考える

人間の集団について: ベトナムから考える
人間の集団について: ベトナムから考える
司馬遼太郎
中央公論新社
1996年9月18日
1件の記録
  • ベトナムが米や中を相手にどのようにして一歩も引かず戦い続けられたのか、温厚で勤勉な国民性と農業が主体の穏やかな国のイメージしか持っていなかったので、どうしても気になりこちらを拝読。 ベトナム戦争の歴史の本も読んだが、事実を羅列しただけの文章は頭に入って来ず、ベトナムという国を掴めなかった。 司馬遼太郎先生のエッセイというのがまた魅力的で、何重にも学びになる内容だった。 司馬先生が取材先のメコン川、カフェや街ゆく人々、戦後現地で暮らす軍人の方との交流やお話が、歴史書では得られない人間らしい知見に満ちている。 戦後、目に覇気のない若者が増えた事を嘆く知人の方の談があり、しかし司馬先生によればその事はむしろ世の中が豊かになった証拠だと、食料や生命の危機を心配しなくていい世代が今後の世の中を作って行くのだという一節がとても印象的だった。 戦中や戦後の日本軍の愚行は現政権を見ているようで、この頃から官尊民卑の根強い政治家がずっと蔓延っているのだなと暗い気持ちになった。 太平洋戦争に従軍していらした司馬先生が無事で居られて本当に良かったと心から思ったし、戦争で失われた人命や数多くの才能の事を思うと心底虚しい。 ベトナムの人々は植物のような物腰で、何事もしなやかに受け止め、受け流し、手先も器用で機械習熟度がとても高い方々なのだと、それらに加え、ときには同じ民族にも一切の容赦無く殺戮を行う冷徹極まりない一面も持っており、様々な側面から一概には推し量れない特異な国民性を知った。
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