思惟とあらわれ

2件の記録
- 素潜り旬@smog_lee_shun2025年5月17日河野道代『思惟とあらわれ』(panta rhei)は、「わたし」のさまざまな状態のあらわれ、そして意味づけ、その過程をまざまざと見せられ、「ーお前は誰か。」と問われる。怖すぎるって。笑 ようやく答えが見つかりそうなとき、 《寓喩がひとりの戯れに過ぎず 類推が閉ざされた連環にあるかぎり 絶えて感覚することのかなわぬもの。 その秘めやかな隔たりを隔たりのまま 束の間とどめようとする目論みの 無意味。》 「いたずらな試み」 という最終連で、詩集自体を読み終えることになる。なにか許されないことをしてしまったかのような気持ち。俺は許されたいがために繰り返し読んだ。