やくざと芸能と
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活字畑でつかまえて@catcher-in-the-eye2026年7月28日読み終わったたまたまブックオフで見つけた本 あまりにも興味をそそられるタイトル そして帯には大好きなたけしさんの推薦文 買わない手はない。 それにしても変な人というか変な本というか 変は変でも偏りのある「偏」な人、「偏人」という感じがする。 「やくざの本当の語源」の章から トンデモ本的な内容になる。 それまでは良かったんだけどなぁ。 だからとばし読みした所もある。 まぁ、そういう読み方もありだ。 でも勉強になった所もあった。 やくざは二つの分類からなる ①博打を業とする博徒。渡世人と呼ばれた。 ②祭礼や盛り場の路面で物を売る香具師(やし)。野 師とも。今で言うテキヤ。 野師とも。 仏教が伝来し仏具を売るため利用されたのが武士 の職を失い浪人となった御家人。この人たちは学 があり常識に長けていたので能書きを並べること ができた。 香具師よ呼ばれるのは武士のプライドが許さない ので自ら野に下った武士「野武士」と名乗る。 しかし世の風は冷たく武士でない者が武士と名乗 るのをゆるさない。 それで「武」を取って「野士」になり「香具師」と 呼ばれるようになった。そして被差別民の中に組 み込まれ表通りで商売は出来ず、祭礼の神社境内 や河原に生活の場を求めた。 当時の江戸の裏店(うらだな)で表向きは半弓を 使った射的屋を商っていたが2階で売春をしてい た。お上への申告書には「的屋(マトヤ)」で出し たが役人は「テキヤ」と勘違いした。 「私が出会ったやくざも、皆、いいかげんには生きてはいなかったと断言出来る。むしろ、私の知るたくさんのいいかげんな堅気よりも、真面目に生き死にしていたと言える。」 「腕っ節や鼻っ柱の強い者は、男を売って生きたのだ。男伊達という世界だ。これがやくざだ。」 「売るものが無い者は困った。長は賢かった。「売るものが無かったら、媚を売れ!」と言ったに違いない。」 「外れ者には、女も大勢居た。女は女を売ったのだ。鬻ぐとは、売るとか商うことだが、春を鬻いでいたはずだ。食うための手段として、粥より高く、色香は代価になったのだ。それは水商売となった。水商売は息抜きだ。息抜きは和みで、和みは金に為ったのだ。こうして吹き溜った人々がもちつもたれつ、生きてきたのだ。」 「ヤクザには「反社会勢力」とか「暴力団」とかいう現代の言葉では引っ括れない千年を越す歴史があります。と申しますのは、「役座」という「座」は、お祭りのための相談会みたいな「寄り合い」から起こったものです。 「神社や寺を中心にした日本式のお祭りは、「五穀豊穣」を祈願したり農耕民族としての儀式的色彩の濃いもので、その時々の支配者が、上手に利用して民を喜ばせながら、年に二度程の無礼講「大イベント」 に育て上げました。無礼講というのは、貴も賤も上下の差もない。祭りの大義名分は「五穀豊穣」ですが、その裏は民百姓の一揆や反乱を防ぐ「ガス抜き」の政策だったのです。それが支配者の真の目的です。盆踊りなども文字通り踊らされて毒気を抜かれたのです。」 「無礼講の催しには支配者の隠し願望、次代の労働力の確保が秘められていた。日本の社殿は山にあり、山は神聖で、女性は不浄とされており山へ入れなかった。祭りの前夜祭たる宵祭からは、宮祭で女性も山に入れた。そして山門を一歩入るや、乱行自由の無秩序です。男女の醜美を隠すために、お面を付けての入山の掟があったり、田園で泥の擦り合いを儀式として組み立てた。」