ハーベン ハーバード大学法科大学院初の盲ろう女子学生の物語
ハーベン ハーバード大学法科大学院初の盲ろう女子学生の物語
ハーベン・ギルマ
マギー・ケント・ウォン
斎藤愛
明石書店
2021年6月4日
5件の記録
Lusna@Estrella2026年8月17日読み終わった借りてきた甲子園が休養日にやっと読了… ハーベンさんはハーバード大学法科大学院時代に、本を愛する視覚障害者たちが4,000万点もの書籍や文書に対してアクセスできるかの訴訟を起こして勝訴した。 エイブリズムについて詳しくあり、健常者が「自分に障害がないことを感謝すべきだ」や、成功した障害者が「自分は障害を乗り越えた」などの発信はヒエラルキーや社会それ自体は変わらなくてよい、という否定的メッセージとなるのでしないでほしいというのは納得。 『眼述記』でも音声言語のサピエ図書館を紹介していたし、テレビのドキュメンタリーでも中途失明者がパソコンの読み上げソフトで毎日のニュースを知るとあったが、AIやITが進化しているからこそ、障害者数十億人にサービスを提供し、情報格差を無くして才能を埋もれさせないのが大切だと思う。 ハーベンさんはホワイトハウスでオバマ元大統領と点訳キーボードで対話したそうだが、現大統領はできないだろうなと思った。





Lusna@Estrella2026年8月15日心に残る一節歌を歌わなかったというだけで、女の子たちを監獄に放り込んだという、その不当な行為を思うと、私は怒りに包まれた。「そんなことがあった後、どうやってまた歌を歌うことができたの?」 「表面では歌っていたけど、心の中ではレジスタンス組織に入って戦うか、スーダンに行くと決めていたの」 「でも、学校に通っていたのではないの? 学校で勉強して、お医者さんになるとか、そう考えなかったの?どうしてその二つだけから選ばなきゃならなかったの?」 「戦争があったからよ、私たちは逃げたり隠れたりしなければならなかった。エチオピア人兵士は朝の5時にはメンデフェラの街の上空に飛んできて、空襲を始めるの。空襲は、何ヶ月も続いたーーみんな朝早く起きて、街を出て、ジャングルに逃げ込まなければならなかった。空襲が終われば街に戻るの。ときどき、長いことピクニックに行くんだなんていうふりをしたっけ。アウィイエおばあちゃんは食事を用意してくれて、私たちは木のところで遊んだりした。日が暮れると家はまだ壊されていないかなって思いながら、家に戻るの。 学校に行けたとしても、戦争のことが頭から離れる事はない。『勉強してお医者さんになろう』とか『弁護士になろう』とか『何かになろう』なんて思えなかった。何か考えるとしたら、それは戦争のことだけ。だから、二つしか選択肢がなかったの。高校を出たらすぐに、兵士になるか、スーダンに行くかのどちらかしか」



Lusna@Estrella2026年8月10日まだ読んでるまだ序盤だけどハーベンのご両親が体験したエルトリア独立戦争の余波が書かれている。エチオピア軍が勝手に選んだ学生たちが、エルトリア解放軍をコケにする歌を村々で歌わされ、拒否すると監獄行きとなり、ハーベンの母も投獄された。 父はアメリカ国籍を取得しているにもかかわらず、エチオピアに帰省した時にエルトリア人の祖父の影響でエチオピア軍に攫われる。(のちに逃げてアメリカへ帰る) ふたりがアメリカへ亡命するまでは戦争のせいで学校で勉強しても兵隊に入るかクーダンでレジスタンスに入るかしか選択肢がなかったらしい。 盲ろうのハーベンがハーバード大学へ入るまでまだまだかかりそうだ。 甲子園の合間にちびちび読む。





