戦争のグラフィズム: 回想のFRONT

戦争のグラフィズム: 回想のFRONT
戦争のグラフィズム: 回想のFRONT
多川精一
平凡社
1988年5月1日
1件の記録
  • 勝村巌
    勝村巌
    @katsumura
    2026年8月1日
    第二次大戦中に陸軍参謀本部の管轄となる東方社に外注されて制作された対外宣伝(つまりプロパガンダ)誌、FRONTの制作にまつわるドキュメントというかルポルタージュというか当事者によるオーラルヒストリー。 日本で編集に携わる人間で、編集の歴史に興味があるならば必読の書と言える。めっちゃ面白い。 まず第二次大戦の前後及び戦争中のデザインレイアウトの考え方の一側面が描かれているのが面白い。図版も多くてレイアウトに関する具体的な記述も多い。 『FRONT』は日本における最初期のグラフ誌です。グラフ誌というのはテキストだけで構成されている書籍とは違って写真をうまく使って視覚的に流れを作ってコンセプトを伝えるタイプの冊子を指します。 1920頃にドイツで生まれたフォトルポルタージュの手法は名取洋之助などを経由して日本に輸入され、写真印刷の発達とともに、グラフ誌的な視覚優位の紙面レイアウトが広まっていった。 プロパガンダにおいては、写真などの視覚が大きな効果があることが、さまざまな世界中の戦争関連の報道から明らかになり、特にソ連の『USSR in Construction』、ナチス・ドイツの『シグナル』などが先行のプロパガンダ誌としては有名。 そういった経緯で、大東亜共栄圏などを掲げて国際的に孤立しつつあった日本では、自国の正当性を対外的に視覚で訴えていくことに意義を感じた政治に出版人が擦り寄っていった。そこには出版の進化の側面や商売っけもあったと思うが、やがて、陸軍参謀本部の管轄で東方社を設立し、対外宣伝のプロパガンダ誌『FRONT』は創刊に至った。 写真部門では木村伊兵衛、美術部門には原弘を擁し、陸軍の後ろ盾にして、陸軍や海軍の装備や活躍を対外的に喧伝する内容だった。また満州建国などが特集された号もある。 著者の多川精一は高校卒業後、原弘にスカウトされ東方社に入社し、戦中戦後は東方社に勤務し対外宣伝誌の制作に携わり、戦後は別冊太陽の創刊に携わるなどグラフ誌の黎明期から昭和中期の雑誌文化の文化的屋台骨をレイアウトで支えた人物。 そのため、書体の話や、版型の話、戦時中の物資困窮時代にどのような紙を使って印刷したこととか、戦中の入稿に関する話など、今のような電子的情報化社会では想像できないような、古の伝説的な逸話がてんこ盛りで大変に興味深い。 また東方社自体が戦局の悪化に伴い、陸軍参謀本部の管轄からだんだんと格下げされていったり、理事が代替わりしていく様子なども当事者の目線で描かれているのが、歴史的にも面白い。 真珠湾攻撃で華々しくぶち上げた開戦の狼煙もやがてミッドウェー海戦、ガダルカナルの戦いなどのターニングポイントを経て、敗戦色が濃くなっていく。 その下がれに沿って、東方社の勢いや『FRONT』の内容などが、物質的にも変化していく経緯が描かれており、そこも面白い。 やがて本土への空襲が始まり、本社ビルの被弾など、社員の疎開などなど、いよいよ悲惨な戦局を迎えていくわけだが、その辺りも当事者の実感のこもった言説が続く。 広島、長崎への原爆投下とポツダム宣言受諾、無条件降伏を経て、戦後の焼け跡の中で日本の出版人や写真家がどのように暮らしていたのかなども記されている。 『FRONT』は本来は10号まで製作されたが第10号は空襲で焼けてしまって実際には発行されなかったという。また11号としては『戦争美術号』が企画されていたという。 これなどはもし完成していたら一級の資料となっていたことだろう。しかし、歴史にIFはない。 戦中から戦後までの間に戦争体制に沿う形で運営されたイチ出版社の攻防史としては一級の資料だと思う。 原弘、木村伊兵衛、名取洋之助などデザインや写真の世界では伝説的な人物の生きていた時代の雰囲気を感じることのできる大変に素晴らしい内容でした。戦争と出版という切り口でも大変に深い問題提起をしつつ、かっこいい紙面、レイアウトとは何かという、永遠のテーマについても鋭い示唆を与えてくれる。 図版も多いし具体的で分かりやすいし。真にオススメの一冊です。
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