空爆論

3件の記録
Ryu@dododokado2026年4月6日読んでる「本書でこれから私が書いていこうとするのは、「メディアとしての空爆」の歴史である。空爆についての、あるいは戦争についてのメディアの語りの歴史ではない。そうではなく、私は空爆そのものがメディア行為であると考えている。「視ること」は「殺すこと」なのだ。だからその「視ること」、すなわち視覚的身体の拡張として発達していった様々なメディア、すなわち望遠鏡や双眼鏡、何よりも写真や映画、テレビジョンに至る映像メディアは、本質的に兵器としての次元を内包していた。」17 「クレーリーはかつて、これを人間からの眼の離脱、すなわち人間の視覚が「視覚的に認識された世界内での観察者の位置と視覚イメージとのあいだにもはや何の指示対象的関係も存在しなくなるようなさまざまな実践に」取って代わられていく過程の始まりとして捉えた。今日では、観察者の前に何らかの視覚的イメージがあるとしても、それは「何百万ビットかの電子的、数学的データにすぎない」かもしれず、そうした「抽象的な視覚要素と言語要素とが同一形式で扱われ、消費され、流通し、交換されるようなサイバネティクス/電磁的な領域」のなかに、ますます私たちの視覚性は定位されている(Crary 1990=1997:14)。しかし、この過程のそもそもの端緒は、カメラ・オブスキュラにおいて観察者が、「機械的・超越的なかたちで世界の客観性を再現した像に対する、非身体化された目撃者として存在」し始めたときにあった。クレーリーはミシェル・フーコーが『言葉と物』の冒頭で論じたベラスケスの「侍女たち」についてのあまりに有名な事例に言及しつつ、観察者が表象の秩序から外部に離脱していくこと、すなわち「カメラ・オブスキュラは観察者が自分の位置を表象の一部に繰り込まれたものとして見ることを、アプリオリに妨げる」というきわめて重要な技術的特徴を指摘していた(Crary 1990=1997:71)。 とはいえクレーリーは、この変化が、狭義の技術決定論的な仕方で起きたのではないことにも注意を促していた。曰く、「一九世紀の「リアリズム」や、あるいは大衆的視覚文化のかかる中心的構成要素〔ステレオスコープやフェナキスティスコープ〕が、写真の発明に先行しており、写真的な手法や、あるいは〔複製イメージの〕大量生産の技術すら、いかなる意味においても必要とはいていなかった」。むしろそこで浮上していたのは、「身体に関する知の新しい配置=配列、およびそのような知と社会的権力との構成的関係」で、それらは「観察者としての個人を計算可能で制御しうる存在へと再成形し、人間の視覚を測定可能で、それゆえ交換可能なものに作りかえる」。だからこそ彼は、「一九世紀における視覚イメージの規格化は、ただ単に機械化された再生産の新しい様式の一部としてのみならず、観察者の正常化=規範化と主体化のより広範な過程」の一部をなしたことを強調した(Crary1990=1997:36-37)。 クレーリーによる観察者についての一連の議論は、空爆における奇妙な不一致、すなわちこのメディア行為によって殺戮されていった人々の悲惨が、その個々の軌跡は詳細にたどれないまでもきわめて明白であるにもかかわらず、彼らを殺した爆撃主体の存在が、最後まで曖昧さを残し続けるという不一致の謎を解き明かしてくれる。日本空爆でも朝鮮半島やベトナムでの空爆でも、さらにはイラクやコソボでの空爆でも、あれほどの大量の人々を殺していったのは誰だったのかという問いに、具体的な人物を特定して明確に答えることは容易ではない。もちろん、責任者ははっきりしているから責任を問うことはできる。しかし、爆撃手は明確な殺数の主体であるように見えながら、彼の眼差しが誰の眼差しであったのかが曖昧なのだ。 本書で明らかにしていくように、すでに第二次世界大戦の段階で、B29に乗る爆撃手は、「個人を計算可能で制御しうる存在へと再成形し、人間の視覚を測定可能で、それゆえ交換可能なものに作りかえる」システムの効果として上空から地上を眼差していた。だから問われるべきは、個々の爆撃手の主体性や残虐さではもちろんないし、必ずしも彼に爆撃を命じた軍の意思決定そのものでもない。そうではなく、空爆をめぐる知と技術、社会的権力の構成が問題なのだ。」19-21 「両世界大戦期、世界の帝国主義列強は、偵察機や爆撃機、高精細の航空写真とそのデータ処理について、巨大な視覚情報システムを構築しつつあった。つまり、ここでいう「上空からの眼差し」は、決してパイロットが一人で地上を注視するというような、個別的な視覚経験を指すのではない。むしろそれは、フーコー的な意味でのパノプティコンをさらに超えて膨張する複雑に組織された視覚=攻撃システムの一部だったのである。ハンブルク空爆であれ、東京空爆であれ、大量死をもたらしたこれらの残忍な殺戮は、決して蛮行なのではなく、むしろ高度に計算され、組織された仕方で作動していく科学的実践であった。」78 「リステルユーベルの湾岸戦争やパレスチナ紛争での写真は、ジャック・ランシエールが論じたように、「戦争が領土に刻み込んでいる傷や傷跡」を、「憤激という使い古された情動から、好奇心やもっと近くで見たいという欲望といった、もっと感じ取りにくい情動、その効果の定まらない情動へ」移動させる仕掛けとしていた。そこで呼び出されるのは、「戦略的な図式の偽りの明証性を攪乱する情動」である。ランシエールが取り上げたのは、パレスチナの道路にイスラエルが築いたバリケードの写真なのだが、それはよくメディアに登場する「分断」のアイコンとはまるで異なっていた。リステルユーベルはそれを、バリケードの「ブロックが風景の一部と成り変わる」やや上空から撮影した。そうすることで、写真家は戦場の俯瞰写真を、「目は自分が何を見ているのか前もって知ることがなく、思考は見たものをどうしなければならないのか前もって知ることがない」イメージとして提示したのである。 戦場の悲惨さを「許しがたいイメージ」として表象することは、「耐え難いスペクタクルからそれが表現している現実に対する意識へ、そしてこの意識から現実を変えるために行動しようという欲望へ、まっすぐな線をひく」試みとなる。しかしランシエールは、「再現=表象、知そして行動の間のこのような関係は、まったくの想定にすぎな」いと批判する。必要なのは、「目に見えるもの、語ることができるもの、思考可能なものの新たな布置を描き出し、それによって、可能事の新たな風景を浮き上がらせること」で、それにはまず「許しがたいイメージ」のお決まりの戦略的図式を批判しなければならない(Ranciere 2008=2013: 133-136)。」79-80
Ryu@dododokado2026年3月5日読んでるほんとうに気が滅入るニュースばかりで、戦争について読んだり書いたり考えたり依頼することが何ひとつ免罪にならないどころかむしろ重たい責任となってのしかかってくるような感じだ