日本民族のふるさとを求めて (新潮文庫 も 11-3)

日本民族のふるさとを求めて (新潮文庫 も 11-3)
日本民族のふるさとを求めて (新潮文庫 も 11-3)
森本哲郎
新潮社
1989年9月1日
1件の記録
  • ni
    ni
    @nininice
    2026年9月16日
    日本との言語や文化の類似点を探すあてのない旅。目次には、インダス、南インド、シッキム、雲南、コーカサス、トルコの地名が並ぶ。 客人へと、子羊を差し出した村長に、そんな大層なものは頂けないと断る著者。 「そのかわり、だれか、ブラーウィの民謡をうたってくれまいか。村の人たちがいつもうたう歌を。ね、きみ、うたってくれよ」 と近くの少年に頼むも、子どもたちは皆驚き恥ずかしがって逃げてしまう。そんな中、一人の頬の赤い少年が村人に押し出されるように前に出る。そして恥ずかしさを懸命にこらえながら、「ぼくがうたいます」といって歌をうたいだした。そのメロディは、まるでご詠歌のように単調で、何となく物悲しかった、と著者は記す。 小説の一場面のようなやりとりが、作中いくつも紹介される。この少年のうたった歌は、一人の男が美しい友人を訪ねるときの歌、らしい。歌は、その少年の声やその旋律は、言葉では決して伝わらないのが惜しまれる。 又 スペインの征服者がわずかな手兵で何万というアステカ軍を制圧することができたのも馬の力によるところ大だった。アステカ人は馬を知らず、騎乗の人間を見て肝を潰した。彼らは人馬を一体の動物だと思ったのだ。 又 かつて南インドの港町コルコイでは、真珠が採取され、大きなバザールに様々な商品が並べられ建物が軒を連ね色とりどりの旗が靡いていた。主に地中海からの外国船は、リネン、アンチモン、珊瑚、硝子、銅、錫、鉛製品、黄玉、鶏冠石、ローマの貨幣などが運び、見返りとして南インドからは、たくさんの真珠、象牙、絹布、様々な透明の石、ダイヤモンド、サファイア、鼈甲、そして多量の胡椒が輸出されたという。 又 現在の雲南省の省都、昆明。かつてヤチと呼ばれた都は標高千九百メートルもあり、そのため南なのに気温は一年中暑くも寒くもない、常春の都であった。そのため、「花城」とも呼ばれていた。 又 その地では手に入らぬ貝が発見されたことにより、長い道のりを馬や徒歩で行商していたことがわかる。 どれもこれも、かつて地球上で行われていた営みだ。騎乗の人を人馬と信じたり、名前を連ねるだけで詩情を帯びる積荷、常春の都や、貝を運ぶ行商人の道。どんな幻想小説を読むよりも、想像力を掻き立てられる。
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