

ni
@nininice
蝶児来りて舞ひ、蝉来りて鳴き、小鳥来り遊び、秋蛩また吟ず。静に観ずれば、宇宙の富は殆ど三坪の庭に溢るゝを覚ゆるなり。 徳富蘆花『自然と人生』
- 2026年9月30日
二十六人の男と一人の女 ゴーリキー傑作選ゴーリキー,中村唯史読み終わった以前読んだオデッサの港についての紀行文に、この本載っている短編「チェルカッシ」が引用されていた。とても印象的で、いつか読もうと思っていたのをようやく手に取ることができた。ゴーリキーの作品を読むのは初めて。 「チェルカッシ」 読了後、心が顫えてしばらく動けなくなった。 「人間は自分が作ったものの奴隷と化していて、誰が誰だか見分けがつかない。 あたりのすべてが張りつめ、耐えきれずに、何か巨大な破局の、爆発の気配を漂わせている。 破局が訪れた後には、清められた空気をのびのびと、かろやかに呼吸できるようになるだろう。大地には静寂が満ちるだろう。」 冒頭は薄暗い空気が漂い、ゴミに汚れた波が打ち寄せ、小さな人間に冷たい視線が向けられている。巨大な機械や船の存在感に圧倒される。そこへ、主人公チェルカッシが登場する。彼は手慣れた泥棒だ。 無帽に裸足、古い擦り切れたコーデュロイのズボン、更紗の汚れた上着を着ている。襟は千切れている。日焼けした乾いた肌、太い骨、白髪混じりの黒髪、栗色の長い口髭、ひょろりと背が高く、骨ばっていて、少し猫背。鉤鼻。長くがっしりした指、草原の猛禽類のよう。 粗暴な泥棒なのだが、とても魅力的な男だった。彼と出会ったばかりのガヴリーラという若者のたった一夜の物語。 ガヴリーラは、粗末な木綿の上着とズボン、木皮のサンダル、ニンジン色の帽子。ずんぐりとした体格で、肩幅は広い。髪は赤く、日焼けした顔、青い大きな目、頑丈そうな腕。 年配のチェルカッシの色褪せた灰色の印象に比べ若者ガヴリーラは鮮やかだ。出会ったばかりの二人だが、チェルカッシが妙に他人との距離が近く、横暴だが面倒見も悪くないことが彼らの交流を読むとよくわかる。師弟のような、叔父と甥のような雰囲気を感じた。 二人は深夜海上に出て一仕事を働く。緊張感漂う中で、海の描写が素晴らしかった。しかし、なんと言っても物語を通して一番印象的だったのは、彼らの別れの場面。 チェルカッシは稼ぎの中から四十ルーブリ(これがどのくらいの価値かはわからないけれど)をガヴリーラに渡し、別れようとする。しかしガヴリーラはもじもじし、顔を赤くしたり灰色にしたり、何かに苛まれていて動かない。それを見てチェルカッシは言う。 「俺に惚れでもしたのか?娘っこみたいにもじもじしやがって!俺との別れがやりきれないとでも言うつもりか?ええ、このガキめ、何か言え、さもないと俺はもう行くぞ」 「行ってしまうのかい?」ガヴリーラがよく通る声で叫んだ。 その声で、人けない砂浜がふるえた。まるで海の波が黄色い砂を揺するときのようだった。チェルカッシも身震いしたが、ガヴリーラは急にチェルカッシの足元に身を投げ出し、その足を両手で抱きしめ、自分の方に引き寄せた。チェルカッシは足をとられてよろめき、砂の上にどさりと尻もちをついた。(p.157) この時、読みながら妙な気恥ずかしさと暖かさを感じていた。ニコニコしていたかもしれない。横暴でがさつなチェルカッシはこの時確かにガヴリーラと別れ難いと感じていたのだ。なんて素直で無防備であどけない柔らかな心だろう。それがふと表にでてしまった。無意識のうちに。これはチェルカッシの期待なのだ。この泥棒に、こんな可愛い側面があるなんて。工業化の進む薄汚い港で、今にも雨が降りそうな空の下、あのチェルカッシのこんな柔らかな心に触れることになるなど、全く予期していなかった。 勿論ガヴリーラがもじもじしていたのはそんな理由ではなく、期待は裏切られ、二人は互いに傷つけ合い、別れる。しかし結末がどうであれ、この瞬間のチェルカッシの心は確かに期待し喜んでいたのだ。こんな美しい瞬間を読みたくて、わたしは読書を続けているのだと改めて感じている。 物語の最後は、雨と波に流されて、海岸にはもはや人けもない。冒頭の港に漂っていた爆発と破局の気配は、このようにたった二人の人間の間に訪れ、確かにその後には静寂。 「二人の人間のあいだで演じられた小さなドラマを思わせるものは、もう何一つ残っていなかった」 読了後、結末のやるせなさがより一層チェルカッシの一瞬の柔らかな心を輝かせていると感じた。全体的に圧迫感のある機械や船、夜、海、雲など大きなものに囲まれているのだが、泥棒のほんの一瞬の心の現れがその全てを凌駕していた。なんてロマン的な作品だと、胸がいっぱいになった。 - 2026年9月16日
読み終わった日本との言語や文化の類似点を探すあてのない旅。目次には、インダス、南インド、シッキム、雲南、コーカサス、トルコの地名が並ぶ。 客人へと、子羊を差し出した村長に、そんな大層なものは頂けないと断る著者。 「そのかわり、だれか、ブラーウィの民謡をうたってくれまいか。村の人たちがいつもうたう歌を。ね、きみ、うたってくれよ」 と近くの少年に頼むも、子どもたちは皆驚き恥ずかしがって逃げてしまう。そんな中、一人の頬の赤い少年が村人に押し出されるように前に出る。そして恥ずかしさを懸命にこらえながら、「ぼくがうたいます」といって歌をうたいだした。そのメロディは、まるでご詠歌のように単調で、何となく物悲しかった、と著者は記す。 小説の一場面のようなやりとりが、作中いくつも紹介される。この少年のうたった歌は、一人の男が美しい友人を訪ねるときの歌、らしい。歌は、その少年の声やその旋律は、言葉では決して伝わらないのが惜しまれる。 又 スペインの征服者がわずかな手兵で何万というアステカ軍を制圧することができたのも馬の力によるところ大だった。アステカ人は馬を知らず、騎乗の人間を見て肝を潰した。彼らは人馬を一体の動物だと思ったのだ。 又 かつて南インドの港町コルコイでは、真珠が採取され、大きなバザールに様々な商品が並べられ建物が軒を連ね色とりどりの旗が靡いていた。主に地中海からの外国船は、リネン、アンチモン、珊瑚、硝子、銅、錫、鉛製品、黄玉、鶏冠石、ローマの貨幣などが運び、見返りとして南インドからは、たくさんの真珠、象牙、絹布、様々な透明の石、ダイヤモンド、サファイア、鼈甲、そして多量の胡椒が輸出されたという。 又 現在の雲南省の省都、昆明。かつてヤチと呼ばれた都は標高千九百メートルもあり、そのため南なのに気温は一年中暑くも寒くもない、常春の都であった。そのため、「花城」とも呼ばれていた。 又 その地では手に入らぬ貝が発見されたことにより、長い道のりを馬や徒歩で行商していたことがわかる。 どれもこれも、かつて地球上で行われていた営みだ。騎乗の人を人馬と信じたり、名前を連ねるだけで詩情を帯びる積荷、常春の都や、貝を運ぶ行商人の道。どんな幻想小説を読むよりも、想像力を掻き立てられる。 - 2026年9月15日
読み終わった自然を主(あるじ)とし、人間を客とせる、小品の記文、短篇の小説、無慮百篇を一巻に収む。 この、自然を主、人間を客、という意思を持ってわたしも生きていこう。彼の目を通すと一日のあらゆる瞬間が、奇跡のように美しい。明治一年生まれの著者が生きた時代から比べて現代に、まだかろうじて残っているかもしれない共通の美しさを探したい。 抜粋メモ 栗 栗は野人なり。木膚も葉もがさがさとして如何にも朴訥に、如何にも巧言令色を嫌へばとて、毬の逆茂木、厚革の鎧、猶其上に渋染の鎧下までつけて、奥深く甘き心を秘するは餘りならずや。然も余は栗を愛するなり。 良夜 月より流るゝ風梢をわたる毎に、一庭の月光と樹影と相抱いて跳り、白揺らぎ黒さゞめきて、其中を歩するの身は、是れ無熱地の藻の間に遊ぶの魚にあらざるかを疑ふ。 櫻 向ふより歩み来る男あり。鼠色の洋服の甚く色褪めたるを着て足駄穿き、朱鞘の長刀を落し挿しにし、左手は繃帯して頸より釣り、右手に今を盛りの山櫻の枝を朋輩の鼻さきに突つけ、何やらん早口に二言三言口走りつゝ、呵々(からから)と打笑ひつ。 月を帯ぶ白菊 墨の如き樹影を浴びて、獨り中庭の夜に立てば、月を帯ぶる白菊ほのかに香りて、花の月と囁やく聲も聞く可き心地す。俯きて、其一枝を折らんとするに、しとゞ露にぬれたり。折れば、月影ほろほろとこぼれぬ。 夏の興 姫百合車百合撫子桔梗、其他あらゆる夏秋の草花浅茅にまじりて、畫の中を行く心地あり。馬を牽ける小娘を喚びて、折らすれば一抱ばかり摘み来りぬ。馬首に載せて、其香色を愛でしが、後には吾が前に海水浴帽を冠りて馬背に跨れる友を、背後より花の礫にうちて行く。 恍然(うつとり) - 2026年9月13日
竜との舞踏 上ジョージ・R・R・マーティン,酒井昭伸かつて読んだ『氷と炎の歌』シリーズ、何年も前に本がくたくたになるまで読んだ作品。久しぶり懐かしく思い出して、一番印象に残っている箇所を開いた。 「竜との舞踏」のティリオンの章が大好きだ。特に、イリリオに連れられ、ホールドンとダックに受け渡されたあと。夜になり満天の星の下、ホールドンとダックは馬に乗り、ティリオンはダックの馬に乗せられ、銀色のリボンのように続く古きヴァリリア街道を行く。そこでティリオンはぽつぽつと、子どもの頃に読んだロマス・ロングストライダーの二冊の本を思い出す。ハーフメイスターであるホールドンは勿論その本を知っていて、ティリオンに続いて一文を引用する。 この物語の中では様々な出来事が各地で起こる。人は簡単に死に、策略が蠢く。しかし、この章のこの場面では、束の間の静かな時間が過ぎている。知識と歴史と自然と人間の残した偉業。星空の下で、初めて出会った三人がそれぞれ思いを馳せているのだ。夜、星月夜に輝くヴァリリア街道をわたしも見てみたい。 この本を読んでから何年も経ち、内容も忘れていることがたくさんある中で、この場面は、まるで映像のように鮮やかに記憶されている。わたしは作者の描く壮大なストーリーよりも、このような細やかな描写が好きで、繰り返し読んでいたことを思い出した。 鉄諸島の更に西に浮かぶ島、ロンリーライトのファーウィンド家。彼らの瞳は海のような青や灰の色をうつすとか、ヴィクタリオンが海で拾った紅の祭司に、真っ黒な帆布に金の刺繍を入れた服を着せたとか、兄弟団がエイコンホールでしばしの休息を得るところとか、シャイメイド号の朝食とか、アリス・カースタークの結婚式とか…懐かしい。 以下は昔考えた、理想の『氷と炎の歌』カレンダー。今でも欲しい。 表紙 夜のヴァリリア街道 1 月 エレイン、ミランダ、マイアストーン 2月 イグリットとジョンの星空星座シーン 3月 ブリエンと盾の絵付け 4月 ロラスと花の鎧、勿忘草 5月 ミサンデイと故郷の蝶々 6月 ホワイトハーバー 7月 麦わら帽子のエイゴンとダックとホールドン 8月 ホロウヒルの旗なし兄弟団 9月 砂漠のナイメリア 10月 塔の上のグリフィン 11月 鉄諸島のキングスムート 12月 アリスカースタークのルロールウェディング - 2026年9月12日
- 2026年9月11日
老人と海ヘミングウェイ,福田恆存読み終わった父親に借りた本。 短いながらとても読み応えがあった。 たった一人海に出て魚を獲る生活、そのような人生もあるのだろう。夢に見るのは浜辺のライオン。 夜中に二匹の海豚が小舟の近くに現れ、寝返りをうつように転々と泳ぎまわったり息を吐きだしたりする音がきこえてきた。老人は、雄の吐きだすような息吹と雌の溜息のような息づかいとのちがいを、はっきりききわけることができた。(p.51) この描写を読んで、このようなききわけが出来る老人のことを心底羨ましく感じた。 けれど、その人間たちにあいつを食う値打ちがあるだろうか?あるものか。もちろん、そんな値打ちはありゃしない。あの堂々としたふるまい、あの威厳、あいつを食う値打ちのある人間なんて、ひとりだっているものか。(p.85) おい、兄弟、おれはいままでに、おまえほど大きなやつを見たことがない。お前ほど美しいやつも、おまえほど落ち着いた気高いやつも見たことがないんだ。さあ、殺せ、どっちがどっちを殺そうとかまうこたない。(p.105) 老人が、身体を痛めながらも常に闘う姿勢であること、常に考えることを止められないこと、生きる、ということが研ぎ澄まされているように感じた。気高く、美しく、威厳のある魚に情を感じながら、殺すことを躊躇わない。魚と自分との二者のみの世界。 - 2026年9月10日
晴子情歌 下高村薫読み終わった『晴子情歌』『新リア王』『太陽を曳く馬』 髙村薫の福澤三部作と呼ばれるこれら三作品が、今のところ人生で一番何度も繰り返し読んだ本で、一番影響を受けた本であることは間違いない。 『晴子情歌』は、三部作を通して登場する福澤彰之の母親である晴子の、息子に宛てた自分の半生を記した正字旧仮名遣いの美しい何通もの手紙と、それを漁船の上で読む彰之の視点が交互に描かれている。ずっと、何故晴子がこのような赤裸々な手紙を実の息子に送り続けたのかが不思議だった。もう一つ、ずっと長年わからずに考え続けてきたのが、作中象徴的に登場する〈放浪する半身〉という、伊東静雄の詩集『わがひとに与ふる哀歌』からの引用だった。 彰之にとって〈放浪する半身〉とは一体何を指すのだろう。何度も何度も繰り返し読んでもよくわからずに頭を悩ませていた。登場人物の心内を読み解くのは本当に難しい。伊東静雄全集まで買い、まずは詩の読解からはじめた。詩の方の〈半身〉は、恋人だとか友人だとか自分自身だとか、諸説あるようで、わたしもこれは特定の人物か或いはイマジナリーフレンドのようなものかと漠然と考えていた。 しかしその解釈だと、彰之の言う〈半身〉に当てはまるような人物は見当たらず、この言葉の出てくる箇所をまた何度も読んでは迷宮に迷い込む。それが先日突然、雲が晴れたようにわかったのだ。不意に、何故かわからないけれど自分なりの理解が降りてきた。彰之の〈放浪する半身〉は、自身の抱くあらゆる様々な「欲望」のことなのかもしれない。一人や一つの事物ではない。 彰之はそもそも、自分の出生を嫌悪しているのだろう。母を無理矢理孕ませた生物学上の父とその血族。代議士福澤一族。自分にもその放埒な血が流れていること。自身の激しい劣情やマゾヒズム。漁船で生活し母の手紙を読みながら振り返るのは、そのような十代二十代の自分の欲望だ。その隣には寂しさや親しみなどの柔らかな感情もあるが、それらも含めて〈放浪する半身〉なのだ。煩悩と呼ばれるものかもしれない。 私は言ひあてることが出来る 命ぜられてある人 私の放浪する半身 いつたい其処で お前の懸命に信じまいとしてゐることの 何であるかを 伊東静雄の詩のこの部分も、ぴたりと当てはまる。懸命に信じまいとしていること、しかし言いあてることが出来ること。自分の血と欲。 そして、この〈半身〉の正体を掴めた時、母晴子が何故息子に手紙を書き続けたのかもわかる気がした。出生を嫌悪し苦しむ息子に、あなたは父の子であると同時に母の子でもあると伝える為なのではないか。母はこのような少女で、このような恋をし、このような人生を歩み、あなたを産み、育て、生きていると。 わたしは十年以上、何を読んできたのだろう。『晴子情歌』の最後の場面も、ようやく腑に落ちる。彰之は〈半身〉と決別しようと漁船に乗り、ゆくゆくは出家にまで至るのだ。続編である『新リア王』では、修行生活と元凶である父との対話へ、そして『太陽を曳く馬』で若き欲望の末に生まれた息子秋道への、正字旧仮名遣いの手紙へ繋がってゆく。この手紙も、「欲望」について書かれているのだ。『晴子情歌』以外のネタバレになるので詳しくは書かないが、物語が一本となり繋がってゆく。ようやく、この三部作を読めた気がした。 - 2026年9月8日
髙村薫「マキノ」第七回 そこはかとなく不穏な空気。嫌な予感。最近の髙村薫作品、『土の記』も『少女A』も『墳墓記』も結末が一貫しているから、さらに不安になってしまう。 特集記事もいくつか読んだ。批評、考察、その先へ。その中で、 「文学」が知的・道徳的・社会的問題を語るうえでの特権的な論拠たり得なくなる 今や文芸誌は、即売会イベントや個人出版の波にのまれ、特権的な中心というよりも、比較的大きめのオルタナティブのひとつでしかなくなっている。 「演説と記述」 山本浩貴 「衰弱した権威」という言葉を読んで成る程と感じた。インターネット上で誰もが自由に自分の気持ちを訴え、作品を披露できるようになってから、膨大な作品が世に溢れてゆき、誰もそのカテゴリの中で作品を評価できなくなってしまったのだろう。 わたしは近代までの短歌が好きで、いわゆる現代短歌は全く肌に合わないとずっと感じていたのだけど、この「権威」が理由なのかもしれない。現代に権威なんてものは嫌悪されているだろうけれど、何もかもが自由になってしまったら、イズムも生まれないし、道筋もなく、大量発生したものが最終的には霧散してしまうのではないだろうか。 - 2026年8月27日
あなたの人生の物語テッド・チャン,浅倉久志読んでる「あなたの人生の物語」 フェルマーの最小時間の原理の話が深まってゆくのがとても面白かった。〈光線は動きはじめる方向を選べるようになる前に、最終的に到達する地点を知っていなくてはならない〉 何故ヘプタポッドたちは地球に来たのだろう?それらの「最終的に到達する地点」は、一体どこにあるのだろう??地球で対面した主人公の認識様式に(完全ではない)変化を与えたことは、きっとそれらの到達点ではないのだと思う。彼女の未来認識はとてもとても個人的なことのみで、それが地球や宇宙やヘプタポッドの未来に関係があるとは思えない。もしかしたら、この物語には登場しないどこか別の国や場所でそれらの対応にあたっていた人物が実はヘプタポッドの動機と目的であって、主人公は副産物にすぎないのかな?? 「バビロンの塔」 丁度、別の本でバビロンやかつての煉瓦工場や煉瓦作りについて詳しく読んだあとだったので、物語の描写を色鮮やかに想像しながら読み進めることができた。 この塔の頂きには深遠な聖所が設けられ、見事な金箔の大寝台が横たわり、傍らに黄金の玉座が置かれていた。神像はなかった。ただ森閑としていた。毎夜、この聖塔に一人の乙女が登っていった。神に選ばれたこの女性だけがここで夜を過すのである。見下ろすとバビロンの町は薄明のなかにある。ユーフラテスが星の影を映し、砂漠を渡る風がすぐ下のエサギラに渦を巻く。月は落ち、星は移る。と、主神マルドゥクはひそかにこの聖所を訪れて大寝台に憩い、愛し婦人と一夜を共にするのだ。 『文明の旅』森本哲郎 このようなバベルの塔の頂についての伝説を読んでいたので、この物語の頂上にもきっとそれはそれは美しい結末があるに違いないと楽しみにしながら、わたしも鉱夫ヒラルムらと共に一ページずつ塔を登っていった。一番印象的だったのは、日没の場面。夜の正体を知るところ。このような描写が大好きだ。暫くうっとりとしていた。いつまでもこの塔を登っていたいと感じられるほどその過程が面白かった。 - 2026年8月25日
森本哲郎世界への旅 別巻森本哲郎読み終わった八月もずっと森本哲郎氏の本を読んでいる。 サハラの砂は赤胴色、もしくは黄金色、いや、何とも名状しがたい神秘の色をたたえている。私はその砂を小さな袋に入れて持ち帰り、ワイングラスのなかに入れて書棚に飾った。(p.117) 森本氏の本を読んでいると、彼のサハラ砂漠へ向ける視線は憧憬よりも恋に近いのだと感じる。恋しさが滲み出ているように感じる。自室にサハラの砂をグラスに入れて飾り、それをどのような気持ちで日々眺めていたのだろう。 他にも何冊か読んだのだが生憎このアプリに未登録の本だったのでこちらにメモ。 『文明の旅』 『ぼくの哲学日記』 『日本民族のふるさとを求めて』 『世紀末を歩く』 - 2026年7月31日
日本人の暮らしのかたち森本哲郎読み終わった日々の暮らしの実感とは、瞬間瞬間の感情の流れによって生まれるものだ。そして人生とは、そうした実感から紡ぎだされた「意識と気分」が織りなす一本の帯と言ってもいい。私たち現代の日本人は、この一本の帯に輝きを与える何か、毎日の暮らしのなかで、味わい深く、しみじみとした情感に浸される瞬間を失ってしまったのではあるまいか。 電子機器時代の前に使われていた調度品や家具などについての郷愁ただよう随筆集。美しい和歌や蕪村の俳句や蘆花の随筆からの引用も多く、現代日本の生活がなんと味気なく貧しいものかと悲しくなってしまうほど。〈冷たい火鉢、煤けた軒端、ゆるい下駄、山吹の井戸、破れた扇、焼野の地蔵、色褪せた蚊帳、蛇目の衣鉢、白露の家、霜夜の鐘〉これら目次を眺めているだけでもうっとりとする。 桐火桶無絃の琴の撫ごゝろ 蕪村 恋わたる鎌倉武士のあふぎ哉 蕪村 目にうれし恋君の扇真白なる 蕪村 紅梅や見ぬ恋つくる玉すだれ 芭蕉 蚊屋つりて翠微作らん家の内 蕪村 うつくしや障子の穴の天の川 一茶 灰汁桶の雫やみけりきりぎりす 凡兆 きつね火と人や見るらん小夜しぐれ 蕪村 しら露の身や葛の葉の裏借家 蕪村 萩にくれて玉田横野へわかれ行 蕪村 とりつなげ玉田横野のはなれ駒つゝじの岡にあせみ咲くなり 俊頼 釣鐘にとまりて眠る胡てふ哉 蕪村 すゞしさや鐘を離るゝ鐘の声 蕪村 - 2026年7月26日
日本語 表と裏 (新潮文庫)森本哲郎読み終わった日本では曖昧な言葉が一番優れた言葉で、もっとも重んぜられている フロイス 日本語は昔から、あからさまな言葉を嫌い、曖昧さ、奥ゆかしさ、朧なるもの、を大切にしてきたと言う。あからさまというのは、明らかにする→諦めるに繋がっているのだ。物事が一度あからさまになってしまえば、あとは諦めるしかない。だからその前に踏みとどまろうとしているのだと。著者はこの日本的心理を、「ある種の悲観的な心情」から来ているのではないかと続ける。現世を無常と観じ、永遠を欲さない。悲観的で臆病だか、諦めた先には安堵感が生まれる。 人すまぬ不破の関谷の板びさしあれにし後はたゞ秋の風 良経 この和歌の眺めの中にただよう、無常の世に残る秋の風に一縷の慰めを見出そうとし、安堵する。そしてそれは、元を辿れば日本の自然豊かな風土に基づいているらしい。自然への親しみ、信頼、甘え。自然に任せておけば悪いようにはなるまい、時が解決してくれるだろう、という考え。 なるほどと思いながら読み進めた。色々な和歌を読んでいても、その曖昧さゆえに世界は広がり、幽玄を感じ揺蕩うことができるのだ。確かに日常を振り返っても、自身の意見をはっきり言うことよりも、周りの空気を読みながら、波風たてずに穏やかに時が過ぎることを全く無意識に優先していると思う。だからこそ偶に外国人の友だちとメッセージのやり取りをすると、困るのだ。こちらがはっきり物事を伝えないと何一つ話が進まない。しかし明らかな物言いには強い抵抗やストレスすらも感じてしまい、なかなか返信ができないことがある。 「民族の特質はすべてその民族の使う言葉のなかに集約されているからである。人間は何を考えるのにも言葉で考える。思考とは言葉とともに始まるのだ」 - 2026年7月23日
旅の半空森本哲郎読み終わった京まではまだ半空や雲の雪 芭蕉 松尾芭蕉の一句から題を借用したというこの一冊、著者の日本国内の旅の随筆集。これまで彼のサハラ砂漠をはじめ海外旅行記は既に何冊か読んでいたので、日本をどのようにして旅をするのか、読むのが楽しみだたった。 冒頭には、夏目漱石「京に着ける夕」からの引用文。 汽車は流星の疾きに、二百里の春を貫いて、行くわれを七条のプラットフォームの上に振り落す。 わたしもこの文章が大好きだ。春になるたびに思い出している。彼の引用する文章や詩歌を見るだけでも、趣味が合うなあと、一方的に親しみを覚えてしまう。芭蕉、蕪村、兼好法師、漱石、夢二、西行、長明、田能村竹田、瀧廉太郎、などの面影を求めて、日本各地へ旅へ出る。 ーーーーー 「ぼくは、花木のなかで、梅がいちばん好きだ」 なんということだ。わたしも花木のなかで、梅、特に白梅がいちばん好きだ。梅の和歌を集めながら、一年の殆どを梅の花咲く二月を夢見て過ごしている。こころの庭に一本の白梅の木を植えて、それを支えに日々暮らしている。「日野の山里」は彼が盆梅展を見物しに長浜へと赴く旅の記だ。そこで樹齢四百年や二百五十年などの梅の盆栽を眺めながら、著者は小学生の教科書に載っていたという謡曲『鉢木』を思い出す。 雪の夕暮れ、旅の僧に暖をとらせるために、あばら屋の主人は秘蔵していた梅、松、桜の「鉢の木」を薪にしもてなす。この僧が実は最明寺入道時頼で、のちにこのもてなしに報いるため、彼に梅田、桜井、松井田の領地を授けたという物語。勿論最後には定家の「雪の夕暮」の歌を引く。 更に、盆栽や盆梅とは、人境にありながら、身近に隠れる天地を持ちたいという夢が生みだしたものだ。日本の世捨人は、世を捨てたのではなく、ほどほどの距離を置いて現世と何らかの形でかかわりあいつつ、自分の小世界に生きたのだ。その「間」こそが、日本人の精神的安住地なのである、と言う。わたしもまさしく、この「小世界」に身を置きたいと願う。 ーーーーー 静なる黄昏の底に立ちて、耳傾くれば、蛙声独り閣々、また䗹々。是れ実に「夕」の声なり。「蒼々茫々の夕」 今日の語感からすれば、いかにも古めかしい、美文調に思えるかもしれない。しかし、こうした文体に代わって味読に値するどのような文章が、新たにつくり出されたのだろうか。言葉は美しさを無用なものとし、ただコミュニケーションの手段になり終ったような気がしてならない。(p.69) - 2026年7月16日
読み終わった著者は七十年代の東京で、〈現代〉という時代が抱える問題について考え答えを見つけようとする。 現代社会への問題提起という現実的なテーマを掲げながら、その語り口はとてもユニークで面白く、あっという間に読み終えてしまった。この本のどれほどが実際の著者の経験で、どれほどがフィクションなのか全くわからない。後書きでも「(読者は)とまどうだろう」と書かれている。この数ヶ月で森本哲郎の本を何冊か読んできたが、わたしは彼の語る夢とうつつの曖昧さが好きで好きで、いつまでも読んでいたいと思う。 著者は現代社会の問題を考えるにあたり、「カリズマ氏」と呼ばれる老人に見解を仰ごうとする。この老人が、実在の人物なのかどうかよくわからないが、この存在の曖昧な老人を探すという目的がこの本のもう一つの主軸となって、ミステリー作品を読むように先へとページをめくる手が止まらなかった。 以下ランダムなメモ 登場人物の一人、探検部の大学生。サハラ砂漠に夢中で、トゥアレグ人、隊商、トンブクトゥの町、二ジュール河などの単語がでてくる。すっかりわたしも森本哲郎のサハラ砂漠の旅のファンなので、単語だけでもなんとも甘やかな気持ちが浮かんでくる。 「昔のシナの百科事典にのっていた動物の分類」 ・皇帝に属するもの ・防腐処理を施したもの ・乳呑みぶた ・人魚 ・架空のもの ・放し飼いの犬 ・気が狂ったようにあばれるもの ・数知れぬほど多いもの ・らくだの毛筆で描いたもの ・その他 ・いま壺をこわしたもの ・遠くからハエに見えるもの 七十年代の大きな問題 瞑想の欠如、事物の非秩序、技術の独走、情報の過剰、価値の衰弱、コトバの無力…… これらはどれも二〇二六年においても大きな問題のままであるように思う。今日より五十年も前、インターネットもスマートフォンもSNSもない七十年代は今とは大きく違う時代だったのだろうと想像していたが、この本で挙げられているこれらの問題の数々は、現代においても何一つ解決されていない、それどころか明らかに悪化の道を進んでいるのではないだろうか。 読み進めると、最後に夢のように美しい場面に行き着く。マラケシュのハッサン二世の離宮にある回廊と大理石のプールがある庭園。プールの縁にはイスラム風のモザイク細工、底にはトルコ石のようなタイルが敷かれている。水面に映る空。くつろぐ黒猫、そこでの導師のような人物たちとの静かな対話。 作品を通して著者は現代社会の抱える問題をどのようにして問うのか、どのようにして考え、どのように改善できるのか、などたくさんのヒントを残しているが、わたしはこのマラケシュのプールサイドでの時間こそがそのまま多くの問題の答えなのだと感じた。現実にそのような場に行きそのような人物と話すことではなく、自分自身の中でそのような時間を持つこと。物事をじっくり考えること。決して答えを急がないこと。 💭それはそうと、この著者は女性には全く興味ないのだろうか??これほど女性が登場しない作家も珍しいのでは?💭 - 2026年7月6日
読み終わった著者のいくつかの旅の断片。 「旅とはこういうものだ、と私は思う。たった一度の、二度とくりかえすことのできないその歩みのなかで、肩からさげたカメラでうつしとることのできなかった、しかし、心のカメラが知らぬ間にうつしとっていたある瞬間の、ある情景を、旅から帰って心のアルバムのなかに見つけること。それこそが、旅のなによりの醍醐味である。 だから、と私は思う。旅とは、旅から帰ったときにはじまるのだ、と」 思い返せば、わたしもそれなりに旅をしてきたと思う。子どもの頃の家族旅行からはじまり、一人旅も色々したし、仕事での出張もたくさんしてきた。しかしコロナ禍の後、ぴたりと旅をしたい気持ちが萎れてしまった。最近、旅行記ばかり読んでいるのは、旅を懐かしむ気持ちの反映なのかもしれない。 わたしの旅についての心のアルバムに残っているのはどのような情景だろうと、本を読みながら振り返ってみた。冬のニューヨークで、客が少なく部屋が空いているからと、一人では持て余すほどの広く素敵な部屋へ案内され、次の日の朝起きたらなんと窓の外一面の雪景色。仕事で訪れたローマのお屋敷の壁にひっそりとかかっていたボッティチェリの小さな絵画。大雪で全く景色を見れなかった万里の長城。ツアーで行った北京の京劇学校の、真っ白な湯気に溢れた食堂。祖父母の墓に舞う羽黒蜻蛉の群れ。初めての一人旅でやる事もなく人のまばらな春の浜辺で長いこと眺めていた海。 驚いたことに、今ぽつぽつと蘇る旅の記憶はどれも鮮やかで、なのに普段の生活の中ではもう思い出す事もなく、埋もれてしまっていた。しばらくこれらの記憶に遊びたいと思う。 - 2026年6月7日
読み終わった同著者の『サハラ幻想行』の余韻が長い尾を引き、何とかしてもっと彼の砂漠の旅について読むことができないかと図書館を探した。そして幸運なことに、見つけたのがこの『私のニジェール探検行』だ。 最初のサハラの旅から十二年後。当時四十三歳だった著者は五十五歳になっていた。 アメリカの探検家ジョン・スコールが残した『青い種族』という本が常に森本哲郎のサハラの旅の原動力になっている。わたしの読んだどちらの本にも、この『青い種族』からの引用がたくさん載っていて、そのどれもがとても印象的だ。例えば、 午前二時、とうとう私たちは暗闇の中を、さらに暗い影に向かって深い砂の斜面を下って行った。そこには鐘の形をしたアバラデュウの小屋があった。アザライ(隊商のこと)の終着駅ティンブクトゥである。そこには、私たちを待ち受ける接待役もいない、ファンファーレも鳴らなかった。まったく、あたりには人影ひとつなかった。私たちは空虚な場所から空虚な場所へ移動したにすぎなかった。ティンブクトゥの町は、かすかな灯火もない死の町だった。 これに対し著者は、「なんとすばらしい到達点であろう!私は自分の人生の終点が、このようでありたいと願う」と言う。 あれほど長い、危険な旅のあとでアザライは、ここであっさり解散し、駱駝も、人も、そのままティンブクトゥの暗闇のなかへ消えてしまうのである。ジョン・スコールはそのあまりのあっけなさに茫然とする。隊商の仲間の一人が眠そうな声でただ一言、こういうのだ。「着いたんですよ」 今回の旅でも、森本哲郎はこのティンブクトゥを訪れる。そこから塩坑のあるタウデニという地まで、隊商(カラヴァン!)の行く道を辿りたいと言う。十二年前に出会ったトゥアレグ族の貴族の青年と再会を果たし、彼にもう一度ガイドを頼む。相談の上タウデニまでは遠すぎるので通過地のアラウアンまで連れて行ってもらうことになる。この本で書かれる旅である。 このトゥアレグ族の貴族についての描写がどれも大変鮮やかで美しい。著者憧れの「青い種族」の末裔なのだ。いくつか抜き出しておく。 まずは十二年前の姿。 ガイドといいながら、彼はほとんど口をきかなかった。何一つ説明するではなく、ただ黙って私のなすがままに任せ、群衆が私を取り巻いたりすると、そのなかに割って入り、私のそばに傲然と立ち、あたりを睥睨する。彼はガイドというよりは、ガードだった。私はその男らしさに惚れ惚れした。 アリはまるですべるように砂地を進んで行き、夜目にも鮮やかな青いガンドゥーラはやがて砂のかげに消えた。あとに星だけが残った。 そして十二年後の姿。 青年のアリはこの十二年のあいだにベテランのガイドとなり、人柄もすっかり熟し、いまや思慮深げな、柔和な、しかし毅然としたトゥアレグの紳士になったのである。 モハメッド・アリは悠然とホテルのテラスに現れた。真っ白なヴェールを頭からあごに巻きつけ、おろしたてのようなトゥアレグの衣装をつけ、まるでアメノカル(トゥアレグの王)のように堂々と威風を放っている。(略)だが、その衣装は、かつての鮮やかな青ではなく、銀ネズミ色なのである。私はさっそく抗議した。すると彼はニッと笑い「われわれにも好みの変化はあるのだ」と言った。 アリは車の陰に悠然と立ってこたえた。私は思わずその容姿に見とれた。長いドライブにもかかわらず、彼の装束は、まるで神殿の前に進み出た神官のように一分のスキもなく、わずかな乱れさえなかった。砂の大地に傲然と立ったそのアリの姿は、まさにサハラの王者の風格があった。私はあらためて周囲を見まわした。はるか彼方に淡い橙色の砂丘が連なっている。この世にあるものはそれだけだった。 このような美しいガイドと、運転手と、目的地にいる父親を訪ねる九歳の少年と共に、森本哲郎はキャラヴァンの道を車で走る。その所々でかつてこの地を歩いた歴史的探検家たちの記録を思い出し、姿を重ね想いに耽る。景色と呼べるものは大地と空と太陽だけの世界で、この上なく豊かな文章を残してゆく。 ジョン・スコールの引用と同じくらい、旅の終わり、本の終わりはあっけない。しかしわたしも、著者同様に、このような旅と旅の終わりを読むのがたまらなく好きなのだ。 - 2026年6月5日
- 2026年6月5日
はくしむるち豊永浩平読みたい - 2026年6月3日
神の旅人: パウロの道を行く森本哲郎読んでる『サハラ幻想行』の余韻から抜けきれず、他にも同著者の本をと、こちらの本を手にとった。 正直、いまのところパウロという伝道師にあまり興味がなく、昔から、そもそもなぜ自分の信仰を他人にも分けようとするのか、改宗させることを目指すのかよくわからないと思っている。なのでサハラの旅ほど楽しめてはいない。 キリスト教の「一粒の麦」の話はわたしでも聞いたことがあるくらいに有名だ。著者は港町カイザリヤで海を眺めながらこの一粒の麦について考える。 道端に落ちた種というのは、神の声をきいても悟らない者のことである。神の声を喜んで受ける人、それが石地に落ちた種である。喜んで受け入れても、根がないので、困難にあうとすぐつまずいてしまう。茨のなかにまかれた種とは、神の声をきいても、現世の欲望にまどわされて、実を結ばない人のことだ。真に悟ることのできる人、これこそが「良い地」に落ちた種なのである。(略)すなわち「良い地」とは、希求する人びとの魂にほかならない。 この部分を読みながら、わたしの宝物のように大切な本、詩人蒲原有明の『夢は呼び交す』の夢の場面を思い出した。主人公鶴見が青い夢を見る。神馬に乗る栂尾上人が、従者と共に柔らかく耕された畑に、優しく丁寧に一粒一粒茶の種を撒くのだ。するとみるみる内に芽が吹き出してくる。 「種も粒選りであったし、日もよかったし、気分もすぐれていたし、それにここの畑土は肥えているのだ。三拍子も四拍子も揃っていたからだな」 「おれは信の種を播いたのだよ」 「良い地」でないと芽の育たない種を、育たないものは育たないものとしてあちこちへと播く者と、畑を整え、丁寧に一粒一粒種を播く者。播いている種は同じだろうに、なんという違いだろう。 たねくちて仏の道にきらはれし人をもすてぬ法とこそきけ 法成寺入道前摂政太政大臣 - 2026年6月2日
サハラ幻想行森本哲郎読み終わった著者のサハラの旅が終わるのと同時に、わたしもこの本を読み終えてしまった。こんなにも終えたくないと思う本は本当に久しぶりだ。 あとがきに、「わが心のアルバムに、どこよりも鮮明に焼きついて消えないのは、砂漠、なかでも世界最大の砂の海サハラである。だから自著の一冊というなら、私はためらいなく本書をあげるだろう」と書いてあり、付録対談でも、「最後の場所を選ぶなら?」という質問に「そりゃ、やはりサハラですよ」と答えている。著者の人生の中でも一等輝く経験と思い出を、このような本にして後世の読者へと残してくれたことに感謝。 ふと、『指輪物語』のビルボ・バギンズを思い出した。彼も人生の中で一度、ドワーフたちと長い旅に出る。目的を果たした後、故郷へ帰り『ゆきてかえりし物語』を書くのだけど、老年になり再び、同じ道をゆく最後の旅へ出るのだ。旅先での思い出が、旅から帰ったあとも消えず、身と心が離れてしまうような憧憬となる。 このサハラの旅と、ビルボの旅に共通して感じるのは、強烈な、「恋しさ」だ。『サハラ幻想行』はたった六日間の出来事らしいのだが、著者が帰国した後、この本を書く一年半の期間、また書き終えたその後もどれほど彼が再びサハラを夢見たかが文章の端々から伝わってくるのだ。恋しさが、伝わってくる。 この旅の動機は、サハラ砂漠にあるタッシリの岩に描かれた壁画を見ることだ。五千年も昔に描かれた画。本はそこに至るまでの出来事と、著者の哲学的な思索を織り交ぜて書かれている。どこを読んでも文章は美しく、知的で、ロマンと異国情緒にあふれ、紀行文とはいえ本当にこのような出来事があったのかと信じがたいくらい夢と現実との境が曖昧で魅力的だ。 中でもわたしが一番心動かされたのは、タッシリへと向かう道中、灼熱のサハラで、死ぬような思いで岩を登り、やっと辿り着いた休憩地で熱い水を飲み煙草をふかしようやく意識をもどした著者が、まわりの渇ききった砂漠の光景をながめながら突然、突然、全く場違いな新古今和歌集の和歌を思い浮かべたのだ。わたしにも大変馴染みのある、後鳥羽院と宮内卿の春歌。 みよし野の高嶺のさくら散りにけり嵐もしろき春の曙 後鳥羽院 あふさかやこずゑの花を吹くからに嵐ぞかすむ関の杉むら 宮内卿 なんという、文学的で自由な対比だろう。『新古今和歌集春歌下』に見えるこれらの歌は、他にも例えば、 花さそふ比良の山風吹きにけり漕ぎ行く舟のあと見ゆるまで 宮内卿 さくら花夢かうつつか白雲のたえてつねなきみねの春かぜ 家隆 などの、夢のように美しい散りゆく桜の歌と一緒に並んでいる。白熱の砂漠、見渡す限り植物とよべるものは一つもなく、燃えるような砂地と岩と太陽と青い空。そのような乾いた世界と、薄紅の桜が満開となり、風が吹きその花びらを散らし、それは嵐すらも白く霞ませ、川の水一面に広がる。この春の景色。 現代日本の、少し前には満開の桜を眺め、満開の薔薇を眺め、梅雨を前に紫陽花を眺めているわたしの生活だって、この八百年前の王朝時代から少なからず続いていると感じられる。しかし著者は、砂漠の世界から思い出すこのような日本のイマージュが、非現実的なものとして見えると言う。 一年を通して刻々と季節により風景の変化する日本と、砂漠と空の風景が滅多に変化しないサハラ。わたし自身は諸行無常の日本風土がどうしようもなく心身に馴染んでいると自覚している。きっとそうではない著者が、真逆の世界に恋焦がれてやまない気持ちが、この本を読んでいてとても印象的だった。
読み込み中...

