不適切な昭和

不適切な昭和
不適切な昭和
葛城明彦
中央公論新社
2025年5月9日
2件の記録
  • ぺけ
    @Nashio_abc
    2025年6月15日
  • 中野
    中野
    @nowoyuku
    2025年6月12日
    昭和に生きると「汚れ」と密接だったんだと改めて気付いたが、そんな時代と共に生き、死んだ三島由紀夫が、汚穢屋の男などになんとも言えない崇拝的な気持ちを抱いたのって、やはりそれが眩しいまでの「生」の象徴だったからなのかなと思った。育ちがよく、「外」から断絶された環境で育った三島由紀夫は、そういうのから極力遠ざけられていたはずだから。汚れてまで外で遊ぶ健康的な男子たちは、とてつもなく「生きている」感じがして、なんというか、もっと詳しく調べないと断言出来ないが、「(昭和の)男というのは汚れている方が自然、男らしい」といったくらいのレベルの価値観がある中で、いつも綺麗に部屋で「仕舞わ」れている自分は、彼らとはどこかが違うと感じ、そこの差に魅力を感じていたのではないか、と。 身体は間違いなく、彼らと同じだが、「違う」。だからと言って、よく一緒にいる女の子たちと「同じ」かというと、これもまた圧倒的に「違う」。このある種の「歪み」が葛藤というか苦悩が人生の根底にあるのではないかと思った。
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