「ことば」に殺される前に

2件の記録
ririyeye@ririyeye2026年2月16日読み終わった朝日新聞に掲載されていた「歩きながら考える」、そして(今はもう存在しない)Twitterでの「午前0時の小説ラジオ」、どちらもその当時読んでいたもの。時を経てこういう形で読み返す機会を与えてもらえるとは思わなかった。冒頭に「この本は、本来、生まれないはずの本だった。」とあるように。 そこに書かれているさまざまなことばは、今読んでも古びることもなく、変わらずに足を止めて考えるための何かを届けてくれる。 “かつて、ツイッターは、中世のアジール(聖域)のように、特別な場所、自由な雰囲気が感じられる場所であるように思えた。共同体の規則から離れて、人びとが自由に呼吸できる空間だと思えた。” わたしもそう感じていたなぁ。 まさか“(キュレーションチームという)防波堤がなくなったことで、Twitter、のちのXは、野放しで品位の欠けた「便所の落書き」のごとき様相を呈しはじめる”(『本を読めなくなった人たち』 稲田豊史著 中公新書ラクレ)なんてことになろうとは想像もしなかった。
