ギフト (西のはての年代記 1)

ギフト (西のはての年代記 1)
アーシュラ・K.ル=グウィン
Ursula K.Le Guin
河出書房新社
2006年6月21日
2件の記録
さぶりす@saburisuuuuuuuu2026年8月11日読み終わった幼少期、オレックにとって父は、正義そのものであり、力そのものだった。厳格で、正しく、子供の自分には何を考えているのかよく分からない。だからこそ尊敬し、同時に怖れていたのだと思う。一方、母は自分を愛し、理解してくれる存在だった。子供時代を語る時、父については推測的な表現が多く、母については断定的に語られる。父は分からないから畏敬する存在であり、母は分かっている、愛してくれていると疑うことのない存在だった。そこにはまだ、母に甘える幼い子どもの世界がある。 そんなオレックになかなかギフトは目覚めない。だが、やがて大人になりかけた青年の中に抗いがたい強い衝動が宿るように、自分では制御できない破壊的なギフトが現れる。それまで幻想に満ちていた子ども時代の輪郭はぼやけだし、冷めた現実が見え始める。自分や周囲に起こる変化、逃れられない現実、強い衝動、一族を背負う責任。そうしたものによって、オレックは子どもから大人へと形を変えようとしていく。 急激な変化に耐えられなくなったオレックは、自ら目隠しを望む。すべてを恐れ、見ないようにする。そこからしばらくのあいだ、オレックは穏やかで従順な存在になる。父にも母にも守ってもらえる。封じなければ危険なほどの力を秘めた存在として、周囲からも一目置かれる。大人でもない、子どもでもない、そんな曖昧な場所に留まれることに安堵した。 しかし、現実はそこにとどまる事を許してくれない。 子ども時代の愛そのものだった母は次第に弱っていき、やがて死を迎える。母を失うことで、バランスは失われ、父に対する不信も強まっていく。 母の残した愛に背中を押され、愛するグライに背中を押され、犬のコーリーにも導かれて、オレックは再び世界を見ようとする。 そして目隠しを外して世界を見たとき、母を見ても、本を見ても、グライを見ても、コーリーを見ても、自分は愛するものを何ひとつ破壊しなかった。世界は光に満ちていた。オレックは、父が語っていたことを疑い始める。自分には本当はギフトなどないのではないかという疑念は、もともとあった。それでも、自分が何者でもないことを恐れるあまり、父の語ることを真実だと思い込んでいたのかもしれない。父の言葉、父の支配を盲目的に受け入れていた自分自身にも気づいていく。 しかし「父が嘘をついていて、オレックが真実を知った」と単純には言い切れないように思う。物語は最後までオレックから見える世界しか語られない。父が本当にオレックを欺いていたのか。オレックには本当に「もどし」の力がなかったのか。それとも、あったのか。結局のところ確かなことは分からない。父も分かっていなかったのかもしれないし、オレック自身も分かっていなかったのかもしれない。 そしてオレックは、父からの支配や庇護から離れることを選ぶ。しかし、父を否定してすぐにその場を去るわけではない。従うわけでもなく、石の塔に逃げ込むわけでもなく、自分の意思で父の隣に立って戦う。 そして最後の「ぼくらはそれぞれギフトを持っているじゃないか」という言葉は、本当は「もどし」の力があるということなのかもしれないし、物語を語る力かもしれない。誰かを愛する力かもしれない。母からオレックへ渡された物語の本のような、誰かから誰かへ手渡される贈り物なのかもしれない。物語は語る者によってしか語られないので、本当はどうなのかは分からない。でも、分からないままでいいと思う。そう思わせる説得力があった。
