わたしはわたし自身を生きる増補新版

わたしはわたし自身を生きる増補新版
わたしはわたし自身を生きる増補新版
金子ふみ子
鈴木裕子(社会運動史学)
梨の木舎
2013年3月1日
2件の記録
  • 端隅
    @R_nut
    2026年6月5日
    子ども時代の虐待は読んでいてつらい。人権や男女の平等、子どもの権利についてほぼ知られていなかった時代ということもあるが、今でも子を親の所有物や従属物とみなし欲やストレスのはけ口にしたり、利用したりする大人がいることを思うとますますつらくなる。 親子の情にも、宗教にも、社会主義にも絶望し「個人主義的無政府主義者」となった文子。彼女の思想が、自身の体験から生まれたものであることがわかる。忠臣愛国、教育勅語の時代に、人間の平等を基礎として天皇制をも含むすべての権力を否定し、(たとえそれによって自らが破滅しようとも)自分の意志によって動くことが生きることだと信じ、実行した……明晰で、まっすぐで、強い。でもその文子が獄中で詠んだ歌からは、さびしさや悲しみ、自由に生きたかったという思いも感じられ、切なくなる(いくつかの短歌は、わかる!わかるよ!と手を握りハグしたい気持ちになる)。 文子がひとりの、弱さももった人間であったことがわたしに勇気を与えるし、日本国憲法に掲げられた基本的人権や幸福追求の権利がいかに尊いものか突きつけられる。彼女が享受できなかったものだから。 「私が私自身のことを考え、私自身の道を歩むために、私自身の頭と足を持ってるように、他人もまた自分の頭と足とをもってるはずだ。ーーつまり、自主自治ーーすべての人が自分の生活の主となって、自分の生活を正しく治めるところに、かすかながら私の好きな社会□を描いてみる気にもなるのです」 わたしも自分の頭と足で自分の道を歩きたい。
  • 端隅
    @R_nut
    2026年3月18日
    以下抜粋。 ……私は貧乏であった。今も貧乏である。そのために私は、金のある人々に酷き使われ、いじめられ、責なまれ、抑えつけられ、自由を奪われ、搾取され、支配されて来た。そうして私は、そうした力をもっている人への反感を常に心の底に蔵していた。と同時に、私と同じような境遇にある者に心から同情を寄せていた。 ……私は無力である。何かしたくとも、それをする準備も手がかりもない。私はただ、不平、不満、反抗の精神にみたされた一個の漫然たる反逆児にすぎなかったのだ。 ……「民衆のために」と言って社会主義は動乱を起すであろう。民衆は自分たちのために起ってくれた人々とともに起って生死をともにするだろう。そして社会に一つの変革が来ったとき、ああその時、民衆は果して何を得るだろうか。  指導者は権力を握るであろう。その権力によって新しい世界の秩序を建てるであろう。そして民衆は再びその権力の奴隷とならなければならないのだ。然らば、革命とは何だ。それはただ一つの権力に代えるに他の権力をもってすることにすぎないではないか。 ……私も初代さんと同じように、すでにこうなった社会を、万人の幸福となる社会に変革することは不可能だと考えた。(略)たとい私たちが社会に理想を持てないとしても、私たち自身には私たち自身の真の仕事というものがあり得ると考えた(略)そういう仕事をすることが、私たち自身の真の生活である。  私はそれをしたい。それをすることによって、私たちの生活が今直ちに私たちと一緒にある。遠い彼方に理想の目標をおくようなものではない。 (増補新版でなく2006年版だが登録がないのでこちらで)
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