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端隅
@R_nut
  • 2026年4月7日
    かくれ佛教
    かくれ佛教
    著者は自分、そして日本人は悪いやつだ(I am wrong)というところからスタートして、you are wrong の思想(キリスト教やマルクス主義)から距離をおく。 仏教、思想、哲学などが中心だけど、政治、民藝、文学など多岐にわたって語っている。その時代に生きた人々が互いに影響しあって時代の空気をつくったりそれに抗ったりしたことが感じられる。よくわかんない部分もあるけど、時代を面として捉えることの一端をみたような気持ち。良寛や法然、柳宗悦、河合隼雄から政治家、軍人、作家もたくさん出てきて面白い。縦横につながっているというか…… 仏教アナキズムの考え方も面白かった。原始仏教も鎌倉新仏教の樹立者たちも、国王や国家に癒着するようなことは基本的にありえない、という。 いまも末法の世に違いないと思えて、仏教由来のことばが印象に残った。 汝自身を灯火とせよ 犀のように一人で歩め 迷人の方所を弁ぜざるが如くあれ
  • 2026年4月3日
  • 2026年4月2日
    だけじゃない憲法: おはようからおやすみまで暮らしを見つめる最高法規
    憲法は9条だけじゃない、わたしたちの暮らしに大きく関係して、人々を守っているんだよという本。 すべての条文を逐一みていくわけではないし、かなりやさしく書かれているが、憲法は王様をしばる法であり、権力者から庶民を守るものであるという憲法の本質は感じられると思う。 それぞれの条文がなければ、もしくはなかった時代には、いま当たり前になったわたしたちの権利や自由が制限されたり、不当な扱いを受けたりする・していたということも感じられる。また、これを維持するためには議論や権力者の監視・批判が必要であることも。 付録に日本国憲法が掲載されていて、久しぶりに読んでよかった。この本が出たのは安部政権下だけど、現首相が憲法改正(改悪)に前のめりの今、読んでおきたかった。 この本ではとりあげられていないのだが、ちょうど高校授業料が私立まで無償化されたタイミングということもあり、89条をどう解釈していいかよくわからなかった。もう少し詳しく憲法を学べる本を探してみたい。
  • 2026年3月18日
    わたしはわたし自身を生きる増補新版
    わたしはわたし自身を生きる増補新版
    以下抜粋。 ……私は貧乏であった。今も貧乏である。そのために私は、金のある人々に酷き使われ、いじめられ、責なまれ、抑えつけられ、自由を奪われ、搾取され、支配されて来た。そうして私は、そうした力をもっている人への反感を常に心の底に蔵していた。と同時に、私と同じような境遇にある者に心から同情を寄せていた。 ……私は無力である。何かしたくとも、それをする準備も手がかりもない。私はただ、不平、不満、反抗の精神にみたされた一個の漫然たる反逆児にすぎなかったのだ。 ……「民衆のために」と言って社会主義は動乱を起すであろう。民衆は自分たちのために起ってくれた人々とともに起って生死をともにするだろう。そして社会に一つの変革が来ったとき、ああその時、民衆は果して何を得るだろうか。  指導者は権力を握るであろう。その権力によって新しい世界の秩序を建てるであろう。そして民衆は再びその権力の奴隷とならなければならないのだ。然らば、革命とは何だ。それはただ一つの権力に代えるに他の権力をもってすることにすぎないではないか。 ……私も初代さんと同じように、すでにこうなった社会を、万人の幸福となる社会に変革することは不可能だと考えた。(略)たとい私たちが社会に理想を持てないとしても、私たち自身には私たち自身の真の仕事というものがあり得ると考えた(略)そういう仕事をすることが、私たち自身の真の生活である。  私はそれをしたい。それをすることによって、私たちの生活が今直ちに私たちと一緒にある。遠い彼方に理想の目標をおくようなものではない。 (増補新版でなく2006年版だが登録がないのでこちらで)
  • 2026年3月11日
    世界のヘンな研究
    こんな研究があるんだなー、と軽く読んだ。こういう地域の大学にはこんな研究所がありますよ、という紹介に近い。研究の大枠や、どんな人がどんな思いで研究してるかといった内容で、あまり詳細はない(ので、難しくないが、よくわからんけどそうなんだ?って感じ)。 取り上げられる研究は、いわゆる産学連携、みたいなが多い。日本でも海外でも、研究費を獲得するのはなかなか難しいようで、いわゆる業界があって、産業やスポーツ、娯楽、消費などに関わる研究、言ってしまえば有益で儲かる研究でなければ厳しいのか……と少し複雑な気持ちに。 人類に役立つかなんてわかんないけど、これを知りたい!記録しておきたい!という方面の研究もあるし、個人的にはそういうのこそ知りたい。研究所や大学にいなくても、在野で研究してる人だっているわけだし……えてして研究は、局所的だったり範囲が狭かったり内容も難しいかもしれないけど、そういうところに面白さや思わぬ発見があったりするんじゃないかな。
  • 2026年3月4日
    思いどおりになんて育たない
    思いどおりになんて育たない
    原題は"The Gardener and the Carpenter" で、親のあり方を木工職人と庭師に例えている。 → 子どもの世話をすることは、(略)木工のような、決まった形の大人をつくるためのものではない。親になることは、庭づくりに似ている。大切なのは豊かで安定している安全な環境を整えて、いくつもの違う花が咲くようにすることだ。 なぜ人間の子どもは育つのに手間も時間がかかる(生まれて数時間・数日で自分でエサを食べられる動物も多い)のか。子どもにとって遊びとは何か。子どもはどんなふうに身のまわりの世界を理解しようとし、どうやって学んでいるのか。大人と子ども、子どもと新しいテクノロジーとの関係について。 現代の教育は、学校や教師も評価から逃れられず、結果的に木工に近くなりやすいってことなんだなぁ。 庭師(反ペアレンティング)の考え方は同意できる。庭師といっても放任ではなく(子どもは乱雑で何をしでかすかわからない生き物だし、放置したら高確率で死ぬ)、環境をつくるのが仕事ということなんだけれど、水やりや追肥、わき芽をとるとか支柱を立てるとか、どこまでが適切でどこからが過剰なのかは難しいよね……それが目の前の子どもと向き合うということだろうけど。 人間と新しいテクノロジーの話も面白かった。古くは(人類の歴史から見ればそう古くもないが)読むこと・書くことも新しいテクノロジーだったし、鉄道や写真なんかもたぶんそうで、ひとはずっと新しいものを発明したり試したりしてきた。イノベーションの多くは若いひとたちが先頭に立ってきたように、AIなんかも使いこなしていくんだろう。何かができるようになる一方で、失われる能力もあるよなぁ、と思うけれど、未来は子どもたちのものだからね。ただ大人としてできるだけよいものを手渡したいとは思うよ。
  • 2026年2月25日
    他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ
    アナキズムと民主主義とエンパシーは深く関係している。グレーバー、金子文子、利他、コロナ禍と相互扶助、そして教育……近年関心を持って読んだり考えたりしてきたことがたくさん出てきて、もっと早く読めばよかった!と思う。 著者はシンパシーとエンパシーを区別し、エンパシーを「自分の靴を脱いで、他者の靴を履く能力」と表現している。わかりやすい。自分で靴を脱ぐには自由でなければいけないし、自分を統治するということでもある。 エンパシーを善いものに限定せず、闇落ち(悪用)についての記述がある点もよかった。 "エンパシーを搾取されきった状態になると、人は政権に従順になり、その決定に抗う人々が他者への思いやりのない「邪悪な人」に見えてくる" 政治家の靴をはいて、自分の靴を失くしてしまった?エンパシーのない人物としてサッチャーを挙げているけど、高市にはあるのか?とこの1ヶ月のことを考えてしまう。 迷惑やわがままを気にしすぎることについても。すべての人が社会とつながっているし、社会の中で生きるというのは迷惑をかけあい、わがままを言いあい、摩擦や齟齬があれば互いに折り合いをつけていくことだ。この対話して折り合いをつける、というのが民主主義の基礎だろう。個人と社会を対立するものではなく、肺と心臓に例えているのもよかった。社会は個人を生かすためにある、ということも忘れずにいたい(社会のために個人が生きるのは苦しい……苦しいのは嫌だ!と言える社会がいい)。 国や政治、システムによる支配や抑圧に抵抗し、自分やとなりで生きている人間を大切にする、自由と民主主義を求める人間としてアナキストでいたい。
  • 2026年1月22日
    言いたいことが言えないひとの政治学
    言う と 言わない は二択じゃなくてその間にはふるまいも含めていろいろあるし、言うときの伝え方もいろいろあるよ、という本。仲間を増やす、言えそうな人に頼む、おとしどころを意識する、等々、自然とやってることも多いんじゃないかな。読み終えても政治学って何だろ……という感じではある。 どちらかというと自分が正論で詰めてしまうタイプなのであまり合わなかったかもしれない。その場・状況にあわせて工夫しましょうってのはわかるけど、トーンポリシングされない言い方をするってのも、なんかもやもやするというか。属性で話を聞くかどうか判断してるような相手に、気に障らないように意見を伝えるのが良いってのは、その構造を追認してるようで気持ち悪いんだよなぁ(まぁそれで意見がとおって、現状が動くならいいじゃんってことなんだけど) 中心にあるのは、相手と戦うわけじゃなく対話する、ということだから、どうすればそれが可能かという話と思う。 発言しにくいひとが萎縮しない、声の大きい人だけじゃなく立場や属性にかかわらず意見を出しあえる環境はどうしたらつくれるか、ということを一緒に考えたい。
  • 2026年1月16日
    幸福はただ私の部屋の中だけに
    森茉莉の文章を初めて読んだ。わたしには早すぎたかも……と思ったが、徐々に読み方がわかってきたのか後半は楽しく読んだ。読点の位置が独特な気がする。 「切り抜き魔」「私の大好きな陶器」「ピストル 車 電気家具」あたりがよかった。自分の好きなものについて書くのもよいが、嫌いなものについて書くのも、勢いがあって面白い。対象や自身との距離感がいいのかな。昭和の時代や大衆をどう見ていたかも、あけすけで、冷静で、取り繕いがなく、よくわかる。自分が他者にどう思われるかなどたいしたことではないという自己肯定感のようなものがないとここまで書けないのではないか。 昔住んでいた家やお気に入りだったのに今はもう手元にないモノについて、考えたりした。好きでもないものに囲まれている暮らしについても。 「やわらかな気持ちでよい文章と暮らす」のおそろしく身につまされる一節を書いておく。  美しい文章を書くということは、やはり、自分の内から、自然に流れ出てこなくては駄目である。良い文章を書こうなどと小手先の技術だけにこだわっても良いものは生まれない。また、自分の書こうとしていることが、相手(読み手)に伝わることが肝心である。どんなに美しい言葉を綴ってみても、相手に意図することが伝わらないようでは、それはただの駄文である。
  • 2026年1月13日
    幸福はただ私の部屋の中だけに
    (宇野浩二について) 全身がぬめぬめした頭も、胴も尾も凸凹があまりない、水の中に棲む生物で、岩の蔭とか岩窟の中にひそんでいて、近寄って危害を加えようとするとぬるぬるしたものを全身から出して、姿が見えないようにする。そんな生物のような、そんな一種、いうにいわれない妙なところのある人物に見えた。そういう生物に目があったら、こんな目だろうと思われる目で一瞬、宇野浩二は私の顔に目をあてたのである。 どんなひとなんだろうと思ってつい検索してしまった。 読み返すと、その写真の、イメージの宇野がわたしを見てくる感じがする。おもしろい。
  • 2026年1月10日
    とるにたらない美術
  • 2026年1月8日
    思いどおりになんて育たない
    思いどおりになんて育たない
  • 2026年1月7日
    増補改訂版 スマホ時代の哲学 「常時接続の世界」で失われた孤独をめぐる冒険
    スマホ時代(常時接続によって孤立・孤独が失われがちな世界&常に変化と成長を求められるポストフォーディズムの時代)に、哲学する(他者の知識と想像力をつかって、慎重に考える)ことについて。 自分と対話するには孤立が必要だが、スマホ時代にはそれがとても難しい。ひとつの処方箋として「趣味」をもつことを挙げる。何かをつくること・育てることが、ネガティブ・ケイパビリティを育むことにつながる……かもしれない。 「趣味」は禅とも相性がよさそう。その行動の外に目的がない状態というか、生活そのものを趣味にしたら禅僧に近くなる気がする。育てる対象が自分であってもいいと思うし、その謎の存在を疑いながら食事をつくり家事をし暮らす……座禅は自己対話かつ「何もしない」をするみたいなものかなと思うし。自己完結型にも見えなくはないが……(これはモヤモヤしたままにしておこう) 安易に結論づけたり判断したりしないでおこう、という本なので感想も曖昧でよいのだと思う。この「安易に」というのが難しくてまた悩む。でも言葉にしないと自分とも他者とも対話できないから、不完全性を前提としてやってくしかない。
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