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端隅
@R_nut
図書館をよく使う
  • 2026年10月5日
  • 2026年10月5日
    柳田國男 ささやかなる昔
    エッセイのシリーズ。全集をもとに編まれているのだが、初出だったり何に際して書かれた文章なのかという情報がほしいかも。多少は仕方ないとは思うが、所々文章の意味がとりづらく読みにくさもある(1875年生まれか……)。 「天狗の話」「木地屋物語」「ブランコの話」あたりが好きかな。峠を歩くのが好きだったんだね。 地方に面白いものがある、時代おくれだとか取るにたらないと言われてきたものが研究の対象になるのだという発見は本当にすごい。民俗学でも言語学でも、そりゃ偉人になるだろう……研究も記録も追いつかずに消えてしまったもの、今も消えつつあるものが膨大にあるのだろうなぁ。 あるいは文章が書かれたときには曖昧だったことでも、以降に研究され明らかになったことや誤りがわかったことも多そう(酒の飲み方の変遷とか……どうなんだろう)。 日本は山がちで島も多く小さな集落がたくさんあって、少し地域が変わると知らない風俗も変化も多いし、なんというか、全然均質じゃないし広いなと思った。
  • 2026年10月2日
    戦争の歌がきこえる
    音楽療法士である著者が、アメリカのホスピスで出会った戦争経験者たち。死を前に思い出す戦争の記憶、失ったもの、話さなかった・話せなかったこと……日本ではない国で過ごした人々は、我々とは違う捉え方、認識をしている。別の角度から第二次大戦を見てみる、考えてみることができる。戦争も喪失も体験しなければわからない、それでもアメリカやドイツや中国など日本以外の国の人々がどういう経験をし、どう受けとめてきたのかを一部でも知らなければ、戦争の見方も偏ってしまう。 『補遺』(&あとがき)がとても良く、ここだけでもいろんな人に読んでほしい。「太平洋戦争」は中国戦線の意味を無視・軽視することにつながる(ある戦争をどう呼ぶかにも思想が表れる)こと、国によって謝罪や国籍の持つ意味が違うこと、日本語では政府と国民が区別されずに国名のみで表記されやすいことなど、気をつけたいことが多々あった。 日本に生まれ育った私たちは「社会的記憶喪失」「社会的忘却」のまっただ中にある。この「社会や集団にとって恥ずべき出来事や都合の悪い記憶ほど心理的抑圧が働きやす」く、なかったことにされがちな事象と向き合うにはどうしたらいいのだろう。ひとつが多角的に見てみること、「集合的記憶」からはみ出すような個人の記憶や体験を大切にすることなんじゃないかと思う。 ホロコーストの背景にあった、「自分たちのことを誇りたい、個人を超えたひとつの目的のもとで周囲と同化したいという感情」が、現在も各国で、そして日本でも高まりつつあるように思う。「ホロコーストみたいなことは、また起こる可能性があると思う。人間はそんなに変わってはいないから」の言葉が重く響いた。
  • 2026年9月25日
    中尊寺と平泉をめぐる
    旅行前に借りて読む。中尊寺と藤原氏のこと、毛越寺のこと、金色堂と讃衡蔵の展示品などについて解説されている。調査で判明したことと、まだわかっていないことが区別されていて丁寧。 中尊寺には建物がたくさんあるし、周辺の庭園・建物跡も多いので、全体の様子をつかむのにもよい。東北地方への仏教の伝来は蝦夷への侵略と一体であったこと、中尊寺の建立は砂金産出の衰退期にあたることも知ることができてよかった。 実際に行ってみて、これだけの宗教施設を三代にわたってつくるというのは、どれだけの血と汗が……と考えてしまう。また芭蕉の「夏艸や……」の句にならい、全盛期と芭蕉が訪ねた頃の様子を考えると、中尊寺を維持してきた人々はもちろん、世界遺産として現在に至るまで発掘・調査・修復・整備等に関わった幾多の人々にも思いが及ぶ。900年近く前の庭なんて荒れた時代もあっただろうに、今でも見れるのはそれだけですごい。平和な世を願うのは今も昔も同じ……
  • 2026年9月8日
    凪の人 山野井妙子
    普段読まないジャンルで興味深く読む。端的な感想は「よくわからない」。文章は淡々としていて読みにくくはないが、登山関連の専門用語が多く、山や地理の知識がないのでたぶん読み取れてない。読者として想定されていないのかもしれないが、用語の注や地図(山の配置やルート図)が欲しい。 この数十年で、山で使う道具や海外(山)でのあれこれも変わったようだ。温暖化で環境が変化した山もあるのかも(先月のネパール洪水だってヒマラヤの氷河が関係しているし)。山の環境や自然についての考えもよくわからないんだけど、夫妻の生活スタイルと無関係ではないだろう。 本人の文章ではなく記録や周囲からみた彼女であって、内面や考え方は不明瞭な感じ。魅力的な人、というのは伝わってきて、もっと知りたいと思うのだが、類推はできるけどなんだかもどかしい。感情の起伏があまりない(危機的状況でも落ち着いている)ように見えるけれど、本当に「凪」なのか……?登山家にもいろいろいて、集約すれば皆「山が好き」なんだろうけど、山や生活の中で何に楽しみを見いだしているのか、なぜそれが好き/嫌いなのか……いや、理由なんてないのかな。ごちゃごちゃ考えないで手を動かし足を動かす、そういうことなのか……?やっぱり「よくわからない」。
  • 2026年8月31日
    すごい短歌部
    すごい短歌部
    『群像』の連載で、投稿歌+評と、著者の作歌プロセスからなる。なぜその助詞や単語を選ぶか、語の並びや表記上の工夫とその効果についても、わかりやすく書かれている。 作歌のところでは、1首を作るときの着想から推敲の過程、完成形と決めるところまでが明かされていて、興味深い。この過程でどこに主眼を置くか、どう着地させるかで歌の良し悪しだけでなくその人らしさが出てくるんだな、と思った。 連載初期ということもあるだろうし、選者がひとりなので、そりゃそうかとも思うが、同じ投稿者が何度も登場するというか、すでに常連のような作り手がいるのが気になった。あまり濃くなりすぎるとファンダムというか、内輪感が出てしまう気がして……まぁ決して悪いことではないんだけど。
  • 2026年8月24日
    カウンセリングとは何か 変化するということ
    カウンセリングとはどんなとき(人)に、何が行われるのか。あるいはカウンセラーは何をしているのか。 大きく「作戦会議としてのカウンセリング」と「冒険としてのカウンセリング」に分けて説明されている。どこ(社会や心の界面など)への介入を行うのか、目的(生存・生活/実存・人生)の違い、優先順位、どのように「終わる」のか、など丁寧に書かれ、カウンセリングの構造がわかるようになっている。 心が変化するとはどういうことなのか、また「終わり」がもつ力についてがとても面白かった。カウンセラーは名探偵であり、伴走者であり、舞台の脇役でもあり……特に冒険ではユーザーとともに嵐(小さな死のようなもの)を乗りこえねばならず、たいへんな仕事だなと思ったし、だから専門性や技術が必要な仕事なのだとわかる。 身体もそうだが心というものも、よくわからず、客観視するのは尚更難しい。思考の癖だったり反復してしまう「脚本」が自分にもあるのだろう(自覚できるのもあるけど……)。よくわからないでいたカウンセラーについて、自分でどうにもならなくなったとき頼れる存在になり得ると思えたので読んでよかった。
  • 2026年8月20日
    戦争の歌
    戦争の歌
    日清戦争から太平洋戦争までの戦争の歌51首が鑑賞のポイントとともにまとめられている。 歌を詠む人が戦地や戦況の情報をどう得ていたか(限られたニュース映画や新聞が多く、大本営によるプロパガンダの影響も大きい)など注意すべき点はあるけれど、当時を生きた人々の感慨や思いが伝わる。時代順で、その時々に起きた事件等を追いながら読めるのもいい。 日露戦争の開戦にあたって、明治天皇が「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」と詠み、太平洋戦争前の御前会議で昭和天皇がこの歌を読んだとか。軍部がこれを開戦容認と捉えるなんてどういうことなんだ……と混乱する。止めてほしかったし、これを繰り返したくない、と思う。戦争に向かっていく空気のなかに、敵陣の若者や子どもを詠んだ歌や厭戦の歌があることが救いのように思われた。 解説で、斎藤茂吉の「制服的歌」をとりあげていて、身につまされる。いまの時代の空気とか自分の気持ちを残しておきたいと思うけれど……時事詠は難しいね。
  • 2026年8月19日
    短歌で読む昭和感情史
  • 2026年7月31日
    私の身体を生きる
    私の身体を生きる
    身体(性についてが中心?)に関するリレーエッセイ。はじめに とか おわりに がなく本の概要が不明なまま読んだので、読んでいくうちにあーー、なるほど……?と。どういう考えのもと依頼され、書かれ、編まれた本なのかという情報が欲しかった(図書館で借りたから、書店なら帯などに情報があったのかもしれない)。 性的なハラスメントや暴力にあっているひとの多さに、本当にこの社会はヤバいんじゃないかと思う。身体からは(死ぬまで)逃れられない。自分の身体をどう受けとめ、つきあうか。自分の身体への感情、性的なものとの出会いや抗い、欲望、ねじれ……あたりまえにそれぞれが違っている。 「多様なものを、限られたサイズやカテゴリーに当てはめたり、持っているものや能力は皆同じ、努力さえすれば同じことができるとの前提で物事が進められていることのほうが無理がある」(柴崎友香) 女性の性や身体が様々であるように、男性でもそれ以外の性でも、本来は個々に違うのだろう。多様なものを性別とか性欲とかカテゴライズしようとすることの無理、この無理のなかで生きていて、だから時々苦しい。
  • 2026年7月20日
    世界の適切な保存
    考えたこと、感じたことを残しておきたい、できればそのまま誰かに伝えたいとき、ひとつの方法として日記や、詩、文章を書く。ことばにする。だけど、言葉になる前の「感じ」・うまく説明できない感情・曖昧な記憶・匂い……言葉にしようとすると逃げ水のように捉えることが不可能で、何かが決定的にこぼれ落ち、さらに自身で残そうと意識していないものはたやすく消えてしまう。言えないこと、書けないことがいっぱいある。どうしたらいい。 著者は、自身のそれだけではなく、友人や哲学カフェで出会う他者のそういうものも保存しようとしている。聞き間違いや誤変換であらわれる世界のほころび、放っておくと消えてしまうけれど確かにそこにあったもの、あるはずだったもの……多くは形が定まらない、目に見えないものだから、時にまどろっこしくてわかりにくい。が、それは彼女が丁寧に、できる限り誠実にそれらを保存し、わたしたちや未来の誰かに手渡そうとしているからだ。ときに作家や歌人の作品を引用するのも、彼らが、世界をよく見ようとし、表現しようとするプロだからだろう。 言葉で完全に表現したり保存したりするのは不可能だとわかっている。わかっているけれど、言葉にする以外に、あるいは写真を撮ったり作品をつくる以外に、どんな方法があるのだろうか。あれもこれも完璧ではない、それでも保存して誰かに伝えたいから、わたしたちは悩み、話し、書き、作るんだと思う。
  • 2026年7月18日
    現代民俗学入門
    見開きでワンテーマ扱いつつ気になったらこの本を、というガイドつきで読みやすい。年中行事、普段の生活のなかにあるこれってなんで?とか意味はわかってなくてもそうしないと気持ち悪い/なぜかやっている行動に、ルーツがあることがわかる。 民俗学には民具とか民話とか昔のことを研究するイメージもあるけど、現代の「民俗」のなかに自分たちは生きているわけで、面白そうなテーマはたくさんある。地域とか、ネットとか、怪談とか。 大晦日におせちを食べたり、夜に初詣に行くのは、日没後=元日だから、というのがなるほど!とスッキリ。クリスマスも同じ考え(日没が1日の区切り)なのが面白い。 新嘗祭→勤労感謝の日の話も興味深かった。いくつか気になる本ができたので、探してみようと思う。
  • 2026年7月8日
    うたわない女はいない
    うたわない女はいない
    「働くこと」をテーマにした8首+エッセイが36人分。ちょうど3年前の本で、コロナ禍の歌も。職業はいろいろだけど、同時代に生きていて歌を詠んでいるわけで、共感できる歌も多い。日々の疲れ、理不尽だなぁと思うこと、合間にある楽しさ……エッセイもあるのでより作者が身近に感じられるような気がする。 田口綾子さんの Burn Out のバーンのあたりで燃え尽きてアウトは空を見上ぐるばかり とか、好きだな。8首のまとまりとしては岡本真帆さんの「リモート・ワーカー」、西村曜さんの「社員食堂の昼」がよかった。
  • 2026年7月6日
    体の居場所をつくる
    摂食障害や病気、原因不明の体調不良など、「思いどおりにならない身体」(多かれ少なかれ私たち皆がそうなんだけど)とどうにかつきあって生きている人たちへのインタビューをもとに書かれた本。 わたしはよく体のあちこちをぶつけるし、運動はできないし、謎の頭痛もあるけど「ままならなさ」のレベルがかなり違う。自分の体を動かすことも、身体の状態を感じることもあたり前ではなく、不安定で不思議で絶妙なバランスのうえに成り立っているのかも、と思える。 様々な症状をもつひとのそれぞれの身体とのつきあい方を読んでいく中で、原因と結果、健康や回復とは何か、身体の不確実性などについて考えさせられ、面白かった。薬の社会的な副作用など、考えたことがなかった……しかし、こんなよくわからないもの(身体)と自分は生きているのか……これからもよろしく、と思う。
  • 2026年6月22日
    労働の思想史
    古代から現代まで、人々にとって労働がどんなものだったか、どう変化してきたか、哲学者たちが考えてきたことを追える。働くことを歴史的に整理できるし、労働の良さ、宗教(キリスト教)や経済、技術との関わり、欺瞞や搾取(資本家や国家がいかに労働者を効率よく働かせるために苦心してきたか)、未来の労働についても考えることができる。 修道院やカルヴァン派で生じた労働の逆説(聖なるもののために働けば働くほど富が蓄積し世俗化や腐敗を招く)の話が面白かった。そして「大いなる閉じこめ」の話が本当に恐ろしい……。フーリエが資本主義的な産業にあっては貧困をなくすことはできないと言っており、だよな……と思う。 現代はほぼすべての活動が労働となり、我々も労働から逃れることは困難なので、せめて必要以上に苦しまないよう、自分にとっての労働・仕事を考え、適切な距離で向き合うことが必要かなと思う。 一応、西洋の哲学・宗教・歴史がベースになっていて、東洋の哲学・思想は言及がない。インド・中国などではどうだったか、仏教や儒教など他の宗教における労働の意味にも興味がわく。
  • 2026年6月5日
    わたしはわたし自身を生きる増補新版
    わたしはわたし自身を生きる増補新版
    子ども時代の虐待は読んでいてつらい。人権や男女の平等、子どもの権利についてほぼ知られていなかった時代ということもあるが、今でも子を親の所有物や従属物とみなし欲やストレスのはけ口にしたり、利用したりする大人がいることを思うとますますつらくなる。 親子の情にも、宗教にも、社会主義にも絶望し「個人主義的無政府主義者」となった文子。彼女の思想が、自身の体験から生まれたものであることがわかる。忠臣愛国、教育勅語の時代に、人間の平等を基礎として天皇制をも含むすべての権力を否定し、(たとえそれによって自らが破滅しようとも)自分の意志によって動くことが生きることだと信じ、実行した……明晰で、まっすぐで、強い。でもその文子が獄中で詠んだ歌からは、さびしさや悲しみ、自由に生きたかったという思いも感じられ、切なくなる(いくつかの短歌は、わかる!わかるよ!と手を握りハグしたい気持ちになる)。 文子がひとりの、弱さももった人間であったことがわたしに勇気を与えるし、日本国憲法に掲げられた基本的人権や幸福追求の権利がいかに尊いものか突きつけられる。彼女が享受できなかったものだから。 「私が私自身のことを考え、私自身の道を歩むために、私自身の頭と足を持ってるように、他人もまた自分の頭と足とをもってるはずだ。ーーつまり、自主自治ーーすべての人が自分の生活の主となって、自分の生活を正しく治めるところに、かすかながら私の好きな社会□を描いてみる気にもなるのです」 わたしも自分の頭と足で自分の道を歩きたい。
  • 2026年5月20日
    ものの言いかた西東
    ものの言いかた西東
  • 2026年5月18日
    私にとっての憲法
    私にとっての憲法
    政府がめちゃくちゃなうえに憲法改正を持ち出してくるのは安倍のときと同じだな、と思い読んでみた(2017年発行)。53人による憲法についての文章だが、いまと同じだ!と感じたり予言のような記述があったりして恐ろしいし、やはり安倍晋三が犯した罪は重かったのだと思う。 明治憲法下の記憶、現行憲法が発布されたときのこと、それを自分たちのものとするにはそれなりの時間がかかった(または未だにできていない)ことなど上の世代の論もあるし、憲法をつかって様々に戦ってきた人たち、改正について思うこと、憲法が掲げる理想とそうなっていない現実(とくに沖縄における憲法の空虚さ)など、多様な考えが提示されている。 なかには鬼籍に入った人も多く、巻頭が坂本龍一、最後が久米宏なのも象徴的に思える。久米宏の文章はジャニーズの年末年始の舞台の話で、これらが書かれたときにはジャニー氏の性的搾取と組織的な隠蔽(見て見ぬふり)、加えて安倍および自民党と統一教会の癒着(これも見て見ぬふりになりつつある)について、いまほど明らかではなかったのだと考えながら読んだ。戦争からの反省のもとに今の憲法があると思っていたが、そう思わない人たちがいるのだ……過去を検証し、被害者の声をきちんと聞くこと、自らの過ちを直視し、繰り返さないために何ができるか考えることなしに、前に進むことはできないんじゃないか。
  • 2026年4月18日
    毎日5分で学ぶ史上最強の哲学「ゼロ」からの教え! ニーチェの哲学見るだけノート
    さっと読める。注意深く考えるには注意が必要かなと思うけど、多少雑にでも概略をつかむにはいいと思う。 ~すべき、~すれば幸福になれるといった伝統・規範・道徳などを相対化して、無意味なものとする。信じるべきもの(神)が死んだとき、虚無(ニヒリズム)がやってくる。ここで諦め(奴隷道徳?)やルサンチマンに陥らず、前向きに生きることを理想とする。 トランプや相対化の弊害を想起して、こんなふうに科学や事実が無意味なものになる時代がくるとは……と。 永劫回帰の考えによって、いまの自分にフォーカスすることや、常識や思い込みを捨て、自分を基準にすること(汝自身を灯火とせよ!)は仏教と通じるかもだけど、ニーチェは欲望を肯定する点が違うのかな。わたしはニヒリズムから必ずしも前向きに生きる必要はないと思うのだけど、これは力への意志をどう解釈するかという話な気もする。他者と比較して強く、大きく、より持てる者になりたいというより、弱い自分が少しでも今よりましな人間になりたいとか、抑圧されずに自由に生きたいと願う気持ち(ショーペンハウアー的?)であれば…… 自身にひきつけて考えるとき、暮しのなかでNOを表明したりデモに参加することは、ルサンチマンではなく生きるための抵抗・奴隷道徳からの脱却であって、力への意志の肯定なんだよな、と思いました。
  • 2026年4月14日
    働き方と暮らし方の哲学
    働き方と暮らし方の哲学
    4つの論考からなり、それぞれを単独で読むのはもちろん、関連づけながら読むこともできる。論考に付された読書ガイドや、責任編者によるまえがきと解題がありがたい。 消費や生活をコントロールしたいという欲望、プラットフォーム経済のなかで働くということ、ケアする人へのケア、ていねいな暮らし……平均40ページ程度なので省略されてたり説明不足を感じたりする部分もあるけど、考えるヒントや材料をたくさんもらえた。 まえがきで「横臥する者たち」(老成・老い)の提示があるが、年齢によらずともいわゆる「立派な社会人」として生きられないひとはたくさんいるわけで、自分もそういう立ち位置かなと思う。たしかに周りをみると任される仕事があり、忙しいこと=充実・一人前のような、働き方や暮らしについて立ち止まって考える暇もない(&逃避する)状態に見える。ていねいな生活に憧れ、少しでも実践して自身をケアしながら走り続けている……生きるのって大変だなぁ。 3章のレビューやレーティングによって行動・出会いを左右され、他者の意見や感想に自分の鑑賞や体験までもが引きずられるような感覚はとてもよくわかる。 4章のていねいな暮らしについて、非政治性についての議論があり、興味をひかれた。身体性を契機にして、暮らしに政治性を取り戻せるのか(個人的には暮らしと政治は切り離せないと思ってるけど……)、それは具体的にはどういうことだろう?身体論の本を探してみるかな……
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