パイドン

6件の記録
ジクロロ@jirowcrew2026年2月1日かつて読んだ(エケクラテス) ところで、パイドン、 そこにはどんな人々が居あわせたのですか。 (パイドン) アテナイ人では、このアポロドロスのほか、 クリトブロス、その父親[のクリトン]、 さらにヘルモゲネス、エピゲネス、 アイスキネス、アンティステネスなどが いました。 それから、パイアニア区のクテシッポスと メネクセノス、そのほかにも何人かの アテナイ人がいました。 プラトンは病気だったと思います。 (1.序曲) 「プラトンは病気だったと思います。」 こう記すまでのプラトンの思いを察する。 著者プラトンの不在、 自身を「プラトン」、三人称として扱いつつ、 「と思います」という主観を差し挟む。 自身をあえて登場させる、 それも、師との最後の面会に対する とても曖昧な「欠席届」として。 この作品を創作しているとき、 ソクラテスは死んでいた。 プラトンは生きていた。 前者は真実を探究させた。 後者はその探求を語らせた。 後者はその創作により、 前者を語らせることで 前者に永遠の生命を吹き込んだ。 私が『プラトン』を読んでいるとき、 ソクラテスは生きている。 またいつものように生き生きと対話している。 プラントは病床より、 そんな「生きたソクラテス」を 生き生きと描いている。 (ソクラテス) その夢とはなにかこんなものだった。 これまでの生涯において、しばしば 同じ夢が僕を訪れたのだが、それは、 その時々に違った姿をしてはいたが、 いつも同じことを言うのだった。 『ソクラテス、文芸(ムーシケー)を 作り(なし)、それを業とせよ』。 …… もしかしてあの夢は 通俗的な意味での文芸をなすようにと 僕に命じているのかもしれない。 それなら、その夢に逆らうことなく、 僕はそれをしなければならない、と。 なぜなら、夢に従って詩を作り 聖なる義務を果たしてから この世を立ち去る方が、 より安全であるからだ。 …… 詩人というものは、もし本当に詩人 〔作る人、ポイエーテース〕であろうと するなら、 ロゴス〔真実を語る言論〕ではなくて ミュトス〔創作物語〕をつくらなければ ならない、と。 ソクラテスの夢は、プラトンに託される。 死後の魂の行方はロゴス(論証)では扱えない。 ソクラテスが時に物語(神話)で語るのは、 人間を動かし、世界をかたちづくるのは ロゴスではなくミュトスであることを 心得ていたから。 人々の心に深く突き刺さり、 揺さぶることができるものこそが 物語、つまり神話というミュトスであり、 それは常に「新しい世界」そのものであった。 「プラトンは病気だったと思います。」 ロゴスというものは、「正気」を要求する。 ソクラテスの使命、その生涯は ロゴスに捧げられた。 「病気」でなければ、「新しい世界」を 提示できない。 プラトンは、それを師の夢とともに 引き受けた。 だから『パイドン』を創作している間、 彼は、「病気だったと思います」、 回顧録のようなささやかな語りを、 肉声で対話する師との必然的な距離感を 描写しておきたくなったのではないか。 ソクラテスとプラトン、 ソクラテスの語る以下の創作(ミュトス)は、 その関係性を的確に表現しているように思える。 (ソクラテス) 神様は、 快と苦が争っているのを和解させようと 望まれたが、できなかったので、 かれらの頭を一つに結び付けてしまわれた。 このために、 一方がだれかのところへやって来ると、 その後で他方もまたついてくるのである、 と。じっさい、 僕自身にもちょうどそういうことが 起こっているらしい。 足につながれていたときには、 脚にはずっと苦痛があったのだが、 快がそれに続いてやって来たようだ。


