崩壊概論 (ちくま学芸文庫)

崩壊概論 (ちくま学芸文庫)
崩壊概論 (ちくま学芸文庫)
E.M.シオラン
筑摩書房
2025年4月12日
6件の記録
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2026年6月19日
    「神は、神を見つめる人々、そして神自身が見ることを助けるよすがとなる人々を恐れるのである。」 思い当たる「人々」はみな早逝。 それでもシオランは84歳まで生きたという事実。
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2026年5月3日
    躍動する生きいきとした精神は、 危機に瀕したわれわれの身体上の機能から生じる。 すなわち、われわれの五官に空虚がひろがれば ひろがるほど、精神も翼をひろげるのである。 われわれの中にある健全なものとは、ただ、 そのためにわれわれが特定の個人でなくなるものにすぎない。 われわれを特定の個人たらしめるのは、 われわれの嫌悪感である。 われわれにひとつの名前をつけてくれるのは、われわれの悲哀であり、己れ自身を所有させてくれるのはわれわれの挫折である。われわれは、自分の失敗の総和によってのみ、己れ自身たり得るのである。 (p.113 『漠然たる嫌悪感』) 「大人」に対する嫌悪感は、破壊的な創造をもたらす。 逆に「大人」への歩み寄りは、「健全」という言葉に均(慣)される。 (本当の意味での「個人」や「多様性」の増殖は、集団の破滅を予感させるゆえ) 反抗期のない子どもは、「健全」なのか。 「健全」とは、ある種の終止符といえるのではないか。 「大人」になっていくごとに、可能性の意味は「不安」の領域に浸潤していく。 そして可能性こそが「嫌悪感」を抱かせる。 「大人」の「嫌悪感」は、次世代の者たちの「嫌悪感」とは全く異なり、それはただの(可能性の)「破壊」でしかない。 「ぼんやりとした不安」は、自死を選んだ。 それが「嫌悪感」へとうまく反転していれば、もっと奥行きの深い読み物を、次世代の僕らは読めていたのかもしれない。 "ものを書く時は、すらすらと書かなければならない。稚拙でとりとめのない文章になってしまうかもしれないが、言葉がすらすらと流れ出ているのであれば、書く喜びから生まれる勢いがすべてを輝かせてくれる。慎重に書かれた文章は死んだ文章だ。 …… ヘミングウェイは絶対に笑うことができなかった。朝の六時にしゃんとしてものを書ける者など誰であれユーモアのセンスを持ち合わせているわけがない。そういう人間は何かを打ち負かしたいと思っているのだ。" (『死をポケットに入れて』 ブコウスキー   91年12月9日1:18AM) 「書く喜びから生まれる勢い」、書くという行為に限らず、「勢い」にブレーキを差し挟むのが「大人」である。 ブコウスキーは「ヘミングウェイ」を記号として説明する(嫌悪感を露わにしている)。 「大人」とは、すべからく悪いものではない。 ただ、その「はたらき」を認識しておく必要がある ーー二人の反逆を「健全」にまとめると、こういうことだろう。
  • pom
    pom
    @aki_pomme
    2025年12月30日
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2025年11月17日
    「ほんとうに孤独な人間とは、他の人々から見捨てられた者ではなく、彼らの中にあって苦しむ者、賑やかな市を己れの荒寥たる沙漠とともに歩む者、取り返しのつかぬものを演じる俳優としての才能を披露してみせる者のことである。」 p.80 「演技」とは、断絶、亀裂、裂傷を塞ぎ、 繋ぎ、均すための接着剤であるということ。 それは他者の視線(紫外線またはX線)により、 劣化を免れえない。 孤独とは、あるものをないものとして、 ないものをあるものとして、 生きることではないかという気づき。
  • つんどく
    つんどく
    @tundokuhan
    2025年9月15日
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved